奥秩父の主峰、五丈岩を擁する山
金峰山は標高2,599m、山梨県甲府市と長野県川上村の県境にそびえる奥秩父の主峰だ。秩父多摩甲斐国立公園の核心部に位置し、瑞牆山・甲武信ヶ岳・北奥千丈岳と並ぶ奥秩父稜線の高峰として知られる。深田久弥は『日本百名山』で金峰山を奥秩父の代表峰として取り上げ、山頂にそびえる「五丈岩(ごじょういわ)」と呼ばれる高さ約15mの花崗岩の岩塔を特に印象的に記述した。五丈岩は遠望でも金峰山の山頂を一目で識別できるランドマークになっており、山頂部の標高はちょうど富士山頂より約1,200m低い2,599mを示す。
金峰山は古くから蔵王権現を祀る信仰の山として知られ、山頂の五丈岩は御神体として位置づけられてきた。奈良時代の役小角(えんのおづの)による開山伝承を持ち、修験道の修行場として奥秩父の中でも特別な位置を占める。現在も五丈岩の前には小さな祠が祀られ、登山者は岩塔の根元で手を合わせる光景が見られる。金峰山に登るという行為は、奥秩父の稜線を歩くことであると同時に、千年以上続いてきた修験の山に踏み入ることでもある。
大弛峠ルート、日本最高所の車道から始まる
金峰山ルートで最も標準的なのが、大弛峠(おおだるみとうげ、標高2,365m)を起点とするルートだ。大弛峠は山梨県と長野県を結ぶ林道の最高点で、日本の一般道として最も標高が高い車道峠として知られる。ここから朝日峠・朝日岳を経て金峰山に至る標高差は約230mと極めて少なく、コースタイムで往復4〜5時間。日帰りピストンが容易に成立する、奥秩父の中でも最もアクセスの良い2,500m峰になっている。
もう一本の主要ルートが、山梨県北杜市の瑞牆山荘ルート。瑞牆山荘(標高1,520m)を起点に、富士見平小屋・大日小屋・大日岩・砂払いノ頭を経て金峰山山頂に至る。標高差約1,080m、コースタイムで登り6〜7時間。瑞牆山との縦走を組み合わせる定番のラインで、瑞牆山と金峰山を二日間で踏む計画として広く歩かれている。長野県側の廻り目平からのルートも存在するが、利用者は限定的だ。
標準的な計画は大弛峠からの日帰りピストン、または瑞牆山荘から金峰山小屋に一泊する一泊二日。瑞牆山とのセット縦走を組む場合は、瑞牆山荘から瑞牆山を踏んで富士見平小屋で一泊、翌日に金峰山を踏んで瑞牆山荘に戻る二泊三日が組まれる。「短時間で2,500m峰に立ちたい」なら大弛峠、「奥秩父の稜線を味わいたい」なら瑞牆山荘という、性格の異なる二つの選択肢が並立している点が金峰山の特徴だ。
五丈岩、山頂のランドマーク
金峰山の山頂部最大の見どころが、五丈岩だ。高さ約15m、複数の花崗岩の塊が積み重なった構造を成し、山頂のすぐ南西、稜線上に屹立する独立した岩塔として独特の景観を形作る。五丈岩は登攀の対象としても古くから知られ、岩登り経験者であれば素手で登頂可能だが、現在は信仰上の理由から登攀は推奨されない(祠が祀られ御神体として扱われているため)。
山頂直下からの眺望は、東に瑞牆山・甲武信ヶ岳、南に富士山と南アルプス、西に八ヶ岳・北アルプス、北に浅間山と上信越国境の山々という、本州中部の主要山岳をほぼ視界に収める広大な構図になる。特に富士山の見え方は奥秩父稜線でも屈指で、五丈岩を前景に富士山を捉える構図は金峰山ならではの一枚として知られる。山頂部は花崗岩の砂礫帯と岩塊が広がり、ハイマツの濃緑と組み合わさる景観は奥秩父の他の山にはない特徴を持つ。
金峰山小屋、大弛小屋 — 山小屋の選択肢
金峰山周辺の山小屋は、ルート選択と直結している。金峰山小屋は山頂直下、標高2,460mに立つ通年営業の小屋で、瑞牆山荘ルートを登る登山者の宿泊拠点として人気が高い。山頂までは徒歩約15分、ご来光や夕焼けを稜線で過ごせる立地。大弛小屋は大弛峠に立つ小屋で、大弛峠ルートを使う登山者の前泊・後泊の拠点。瑞牆山荘ルートの中継には富士見平小屋があり、瑞牆山との縦走を組む登山者の重要な拠点となる。
金峰山小屋は奥秩父の山小屋としては比較的設備が充実しており、夕食のキノコ尽くしや手作りパンが知られる。ピーク時の予約は数週間前から必須。大弛峠ルートの日帰り計画なら、大弛峠周辺の駐車場に車を停めての日帰り登山が成立するため、山小屋泊の必要性は低い。金峰山の登山計画は、日帰りピストンか一泊二日縦走か、ルート選択と同時に決まる構造になっている。
夏の四ヶ月、季節と装備
金峰山の時期は、無雪期に関しては概ね5月下旬から11月初旬。大弛峠への林道は冬季閉鎖(例年11月下旬〜5月下旬)となるため、大弛峠ルートは林道開通期間が登山シーズンとほぼ一致する。瑞牆山荘ルートは年中アクセス可能で、冬季の雪山登山の対象としても歩かれているが、稜線では雪と凍結があるため冬装備が必須。7月から8月は登山者が多く、9月後半から10月は紅葉と晴天率の高さから人気が高まる。
金峰山の服装と装備は、2,500m級の長時間行動を前提に組む。フリースと防風防水のレインウェアは省けず、シューズはミッドカット以上の登山靴、ザックは日帰りでも20L以上、一泊なら30L以上が標準。山頂部の岩稜帯ではヘルメットの携行があると安心。夏でも山頂の朝晩は5〜10℃まで下がるため、薄手のダウンか厚手のフリースを携行したい。大弛峠ルートの日帰りでも、稜線では本州中部の2,500m級と同等の装備を見込むのが安全策。
金峰山小屋から見るご来光は、東に瑞牆山・甲武信ヶ岳の奥秩父稜線、南に富士山、西に八ヶ岳・南アルプスという構図になる。山頂部の五丈岩を前景に富士山と朝日を一枚の絵に収める撮影地としても知られ、山岳写真家が前泊して未明に山頂に登り返す光景が見られる。新月期の夏の夜は天の川が稜線の上に流れ、奥秩父の標高2,500m級では十分に星空観望が可能だ。
塩山駅、大弛峠、瑞牆山荘 — アクセス
金峰山のアクセスは、大弛峠ルートならJR中央本線塩山駅からタクシーで大弛峠まで約75分(マイカー・タクシー・ハイヤーのみ)。塩山駅から大弛峠までの公共バスは運行されていないため、車を持たない登山者は乗合タクシーやハイヤーを利用する形になる。瑞牆山荘ルートはJR中央本線韮崎駅から茅ヶ岳・瑞牆周遊バスで瑞牆山荘まで約60分、またはマイカーで瑞牆山荘の駐車場まで。
首都圏からは新宿駅から特急あずさで塩山駅まで約90分、韮崎駅まで約2時間。マイカーなら中央自動車道勝沼ICまたは韮崎ICから1〜2時間。大弛峠ルートを使えば「首都圏から日帰りで2,500m峰に立てる」数少ない選択肢として、金峰山は週末登山の対象として根強い人気を持つ。下山後は塩山温泉、韮崎の増富温泉などで汗を流して帰路につく。金峰山に登るという行為は、五丈岩という象徴的なランドマークに立つことであり、奥秩父の稜線景観の中心を歩くことでもある、密度の高い一日になる。