長野県

常念岳

常念岳(じょうねんだけ)

画像:Wikipedia(CC BY-SA)

安曇野の田園地帯から見上げると、北アルプスの稜線にひときわ整ったピラミッドが立っている。それが常念岳だ。

安曇野のピラミッド

常念岳は長野県松本市と安曇野市にまたがる標高2,857mの山で、飛騨山脈(北アルプス)南部の常念山脈の主峰として知られる。安曇野盆地から西側の山並みを見上げたとき、ひときわ整ったピラミッド型のシルエットを持つピークが目に入る。それが常念岳で、安曇野の郷土史・農業・観光のすべてに繰り返し登場してきた、この地域の象徴的な山だ。

深田久弥は『日本百名山』に常念岳を選定し、自身も1922年(大正11年)に常念小屋に宿泊して登頂している。北アルプスの3,000m級主稜(槍ヶ岳・穂高岳)からは一段低いが、槍・穂を真正面から見る最良の位置に立つピークとして、登山者にとっての価値は標高では測れない。山頂に立てば、視界の半分が槍ヶ岳から穂高岳の峰々で埋まる。

常念岳ルート、二つの定番と表銀座

常念岳ルートで最もよく使われるのは一ノ沢ルート(ヒエ平登山口、標高約1,260m発)だ。烏川支流の一ノ沢沿いに王滝ベンチ・胸突八丁を経て常念乗越(2,450m、常念小屋)に出て、そこから北側に約1時間の急登で山頂に立つ。登り約6時間、下り約4時間、標高差約1,600m。北アルプスの百名山入門ルートとしては距離・標高差ともに歩き応えがあり、一日で登り切るには相応の体力が要る。一泊二日で常念小屋に泊まり、二日目に山頂往復してから下山する組み方が標準的だ。

三股からの三股ルート(前常念経由)は、烏川林道の終点・三股駐車場(標高約1,350m)から入り、前常念岳(2,661m)の尾根を経由して山頂に至る。登り約7時間。最後の前常念から常念岳までの稜線は岩稜の急登で、一ノ沢ルートよりも体感的に難度が高い。三股からは蝶ヶ岳(2,677m)にも登れるため、三股 → 蝶ヶ岳 → 常念岳 → 一ノ沢という縦走プラン(蝶常念縦走、二泊三日)が古典コースとして長く親しまれている。

縦走を組むなら、表銀座縦走の核心部分が常念岳を通る。中房温泉から燕岳 → 大天井岳 → 常念岳 → 蝶ヶ岳 → 上高地に抜けるルートは「表銀座」と呼ばれ、北アルプスを代表する縦走路として日本の登山史に名を残している。槍ヶ岳・穂高岳の岩稜を真横から見続ける贅沢な行程で、三泊四日で歩く北アルプスの古典縦走の一翼を担う。

常念岳アクセス、安曇野からの近さ

常念岳アクセスは、北アルプスの主稜のなかでは比較的良好だ。新宿からJR中央線特急で松本駅まで約2時間30分、松本駅前から路線バスまたはタクシーで一ノ沢登山口(ヒエ平)まで約1時間。三股登山口も松本・穂高駅から車・タクシーで約1時間。新宿を朝6時に出発すれば11時には登山口に立てるペースで、その日のうちに常念小屋まで上がって一泊することができる。

マイカーは一ノ沢登山口の無料駐車場(約100台)または三股の村営駐車場(約100台)を起点にする。週末早朝5時には満車になり、特に7月下旬から8月、9月の連休期間は前日夜には到着しておかないと駐車スペースが確保できないことがある。上高地のような厳しいマイカー規制はなく、登山口まで自家用車で乗り付けられるのは北アルプス南部では貴重な利点だ。一ノ沢登山口にはタクシー乗り場と山岳警備隊の登山指導所が併設されている。

常念小屋と、夏山診療所

常念乗越(標高2,450m)に立つ常念小屋は1919年(大正8年)に開設された、北アルプス南部で最も歴史の長い山小屋の一つ。深田久弥が登頂前夜にここに泊まったことでも知られる。定員約150名、7月から10月初旬まで営業。常念岳の北側、横通岳との鞍部に建ち、東に安曇野盆地と松本平、西に槍ヶ岳から穂高岳の岩稜を一望する位置にある。夕焼けの槍ヶ岳を常念小屋のテラスから見るためにこの山に登る人がいると言われるほど、宿の立地そのものが目的地として機能している。

常念小屋には毎年7月下旬から8月にかけて、信州大学医学部の夏山診療所が開設される。北アルプスでは涸沢・白馬・燕などと並ぶ夏山診療所の拠点の一つで、高山病・脱水・捻挫・打撲などの初期対応を無償で受けられる。標高2,450mで医療スタッフが常駐するという事実は、登山者にとって心理的にも実務的にも大きな安心材料だ。診療所の開設期間は毎年異なるため、利用予定があるなら事前にスケジュールを確認しておくのが定石になる。

常念坊の雪形、農事の山

常念岳の名は、隣接する前常念岳に春先に現れる「常念坊」の雪形に由来するとされる。徳利を持った僧侶のような形の残雪パターンが、毎年4月下旬から5月にかけて前常念の斜面に現れる。安曇野の農家は、この雪形が現れることを田植えの開始時期の指標として代々利用してきた。山の名前が農事暦の一部だった、という関係性は北アルプスのなかでも常念岳に特に強く残っている。

現在の安曇野市内の道路沿いには「常念道祖神」「常念橋」「常念サイクリングロード」など常念の名を冠した道標が至るところに立ち、地元の人にとってこの山がただの山ではなく、地名としての常念、農業暦としての常念、信仰の対象としての常念という多層的な存在であることが、町を歩いているだけで感じられる。

常念岳の装備、服装、季節

常念岳の装備は、北アルプス2,800m級の縦走を一泊二日で組む前提で組む。ミッドカット以上のトレッキングシューズ、30〜40Lのザック、化繊またはメリノの長袖、フリース、防水透湿レインジャケット、ニット帽と薄手のグローブが基本。常念小屋の手前・胸突八丁付近では岩と階段が混在するため、ストックが効くタイミングと効かないタイミングを意識しておく。常念乗越から山頂までの最後の1時間は岩稜の急登でストックは収納が無難だ。

常念岳の服装と季節について、推奨される登山シーズンは7月中旬から10月初旬。残雪期は5月下旬まで一ノ沢上部にアイゼンが必要な部分が残る。7月下旬から8月上旬はコマクサ・チングルマ・ハクサンイチゲなどの高山植物が常念小屋周辺で開花する。9月下旬から10月初旬は紅葉のピークで、写真と展望の両方で最も評価される時期だ。11月から6月は本格的な雪山に変わり、常念小屋も閉鎖されるため、常念岳の冬季登山は経験者の領域に入る。一ノ沢ルート上の沢沿いには水場があるが、稜線に上がると水場はなく、行動水は2L以上を担ぐのが標準だ。

深田久弥は1922年に常念岳を初めて登っている。当時は鉄道で松本まで来て、徒歩で安曇野を抜けて一ノ沢に入り、二日かけて常念岳に登頂する行程だった。深田はその時の体験を『日本百名山』に書き残し、山頂から見た槍ヶ岳の姿が決定的だったと述べている。安曇野から常念岳を見上げ、常念岳から槍ヶ岳を見るというこの土地のシークエンスは、深田の登山観の核心部分を形成したと言われる。

蝶ヶ岳、燕岳、表銀座へ

常念岳を踏んだ次の選択肢は、稜線続きの蝶ヶ岳(2,677m)だ。常念小屋から蝶ヶ岳までは約6時間、稜線を歩きながら槍ヶ岳・穂高岳を絶えず正面に見続ける贅沢な行程で、常念岳の蝶ヶ岳縦走(蝶常念縦走)は北アルプス南部の名コースとして長く愛されている。三股または一ノ沢を起点にする一泊二日または二泊三日のコース取りが定番だ。

北側に視野を広げれば、大天井岳・燕岳へと続く稜線が表銀座の核心だ。常念小屋から大天井岳まで約3時間、燕岳まではさらに3時間。中房温泉から燕岳に登り、表銀座を縦走して常念岳・蝶ヶ岳を経て上高地に降りる三泊四日の古典縦走は、北アルプスを歩く人生で一度は通る道とされてきた。常念岳はその中央に立つ要のピークであり、ピラミッドの一座目を踏んだ瞬間に、その縦走の地図が一気に立ち上がる。

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