長野県

乗鞍岳

乗鞍岳(のりくらだけ)

画像:Wikipedia(CC BY-SA)

標高2,702mの畳平までバスで上がれる、日本で最も「歩く距離の短い」3,000m峰。北アルプスの末端で、初めての高山を体験するための山。

北アルプスの南端、最もやさしい3,000m峰

乗鞍岳は北アルプス(飛騨山脈)の最南端に位置し、長野県と岐阜県の県境にまたがる標高3,026mの成層火山である。剣ヶ峰を最高峰として、朝日岳、摩利支天岳、富士見岳など23の峰からなる山群の総称で、「日本で最も簡単に登れる3,000m峰」として知られる。北の槍ヶ岳・穂高岳が岩稜の鋭利さで人を選ぶのに対し、乗鞍岳は標高2,702mの畳平(たたみだいら)までバスで上がれるという、本州の3,000m峰のなかでは唯一の特徴を持つ。深田久弥は日本百名山のなかで、この山の「のっぺりとした稜線」を肯定的に評している。

畳平までのバス、乗鞍岳アクセス

乗鞍岳アクセスの最大の特徴は、山頂直下まで運行されるシャトルバスの存在にある。長野県側からは松本電鉄上高地線新島々駅からアルピコ交通バスで乗鞍高原観光センター、ここで畳平行きシャトルバスに乗り換える(所要約1時間)。岐阜県側からは平湯バスターミナルとほおのき平駐車場が起点となる。

乗鞍岳の畳平までは、2003年からマイカーの通年通行止めが実施されており、自家用車では到達できない。バス、タクシー、自転車のみが許可される。バスの運行期間は5月中旬から10月末まで、雪解けの状況によって前後する。新島々からの直通バスでは、乗車から畳平到着まで標高差約2,000mを一気に上げるため、高山病の症状(頭痛、吐き気)が出る人もいる。標高への順応を考えれば、乗鞍高原の温泉宿に前泊して翌朝バスで上がる構成が無理のないリズムになる。

畳平から剣ヶ峰へ、乗鞍岳ルート

乗鞍岳ルートは畳平を起点とする剣ヶ峰往復が圧倒的な主流で、コースタイムは登り約1時間30分、下り約1時間。標高差は324m、距離は片道3kmという、3,000m峰としては破格の数字だ。畳平の駐車場から始まる遊歩道はお花畑(コマクサ群生地)を抜けて肩の小屋(標高2,790m)に至り、ここから本格的な登山道に変わる。

肩の小屋から先は火山礫のジグザグ道が続き、蚕玉岳(こだまだけ・2,979m)を経て剣ヶ峰へ。剣ヶ峰山頂直下には乗鞍本宮の祠が立ち、20m四方ほどの狭い岩塊で構成される。畳平から先の登山道は、整備度こそ高いものの足元は崩れやすい火山礫であり、トレッキングシューズとストックがあると下りの安定性が大きく変わる。

3,000m峰の装備、乗鞍岳の服装

乗鞍岳は「初心者でも登れる3,000m峰」と紹介されることが多いが、これを「軽装で登れる山」と読み替えるのは危険だ。剣ヶ峰山頂の夏季平均気温は5〜10℃、強風時の体感は氷点下に届くこともある。バスを降りた畳平の段階で平地より気温が15℃以上低く、麓の感覚で登り始めると稜線で確実に冷える。

乗鞍岳の服装は、化繊またはメリノの長袖、フリースか化繊インサレーション中間着、防水透湿のレインジャケット、薄手の手袋、ニット帽までを基本とする。靴はくるぶしを覆うトレッキングシューズ。標高3,000mの空気は地上の約70%、急なバス移動で標高2,700mに到達した直後の歩き始めは、ペースを意識的に落とす。15分ごとに小さく休憩を入れ、水を少量ずつ取りながら歩くと、軽い高山病症状の発生を抑えやすい。

乗鞍岳の時期、ご来光と紅葉と星空

乗鞍岳の登山時期は5月中旬から10月末まで。最盛期は7月から9月で、稜線のコマクサ・ハクサンイチゲ・ヨツバシオガマなどの高山植物が花期を迎える。9月下旬から10月初旬の紅葉期は、ナナカマドとダケカンバが斜面を染め、平地より1か月以上早い秋を見ることができる。

夏季限定で運行されるご来光バスは、未明の3時前後に乗鞍高原を出発し、夜明け前に畳平に到着する。ヘッドランプを使って肩の小屋付近まで歩き、稜線で日の出を迎える構成だ。標高2,800m台で日本最高ランクの星空も観測でき、夏の銀河の見え方は3,000m峰のなかでも傑出している。10月後半に入ると初冠雪、11月以降は冬季閉鎖。冬の乗鞍岳はバックカントリースキーの聖地で、夏のハイキングコースとは全く別の山として考える必要がある。

畳平には鶴ヶ池畔のレストハウス、肩の小屋に売店があり、登山道沿いに最低限の補給と緊急避難場所が確保されている。これは3,000m峰としては例外的な手厚さで、軽量装備で行動できる根拠の一つになっている。

剣ヶ峰から見る、北アルプスの稜線

剣ヶ峰山頂からは、北に槍ヶ岳と穂高岳の岩稜が一望でき、ここまで歩いてきた乗鞍の山体の延長線上に北アルプスの背骨が続いているのが視覚的に理解できる。東には八ヶ岳、南東に南アルプスの仙丈ヶ岳・甲斐駒ヶ岳、南には御嶽山、西には白山。3,000m峰のなかで、他の3,000m峰を最も多く一望できる位置の一つに乗鞍岳は立っている。

下山後の乗鞍高原温泉は乳白色の硫黄泉で、登山後の体を芯から温める湯として知られる。次のステップとして3,000m峰を続けるなら、より岩稜的な性格を持つ穂高岳や槍ヶ岳、あるいは独立峰として乗鞍とは別の風景を持つ御嶽山が自然な選択肢になる。乗鞍岳に登ったあとの北アルプスの見え方は、登る前とは確実に変わっている。

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