種を蒔く爺さんが現れる頃
爺ヶ岳は富山県中新川郡立山町と長野県大町市にまたがる標高2,669mの山で、飛騨山脈(北アルプス)後立山連峰の南部に立つ。山頂は南峰・中峰・北峰に分かれ、最高点の中峰に二等三角点「祖父岳」が置かれている。1934年(昭和9年)12月4日指定の中部山岳国立公園に含まれ、山頂部は特別保護地区にあたる。
名の由来は雪形にある。春、南峰と本峰のあいだの鞍部直下に種を蒔く老爺の姿をした雪形が現れ、麓ではこれを農耕の目安として読んできた。大町市の記録によれば、その爺さんは五月頃、笠をかぶってザルを抱え、腰に蓑をまとった姿に見え、季節が進むと鍬を担いだ姿へ変わる。山の名は、登る者ではなく田を作る者の視線から付いた。日本三百名山、新日本百名山、花の百名山。
ツルハシ一本で開かれた道
爺ヶ岳登山のルートは、事実上ひとつに集約される。扇沢から上がる柏原新道である。この道は種池山荘の二代目オーナーだった柏原正泰(2021年逝去)が、昭和30年代後半から昭和41年頃にかけて、ツルハシとスコップを手に独力で切り開いた。それ以前は扇沢を詰めて種池山荘へ直登する、名の通った急登であった。稜線の小屋の主人が自分の山へ上がる道を削った成り立ちは、いまも道に残る。路面と法面には毎年、山荘と道職人の手が入る。
山荘が公開する参考タイムは細かい。登山口(扇沢出合)から45分で八ッ見ベンチ、30分でケルン、25分で駅見岬、40分で水平道、15分で石ベンチ、30分でガラバ、35分で種池山荘。休憩を足すとおおよそ4時間強というのが山荘の見立てで、下りはその8掛けが目安。標高2,450mの種池山荘まで、扇沢の谷から一日で詰め上げる道である。
新道が小尾根と交差する地点をこの道では「岬(ざき)」と呼ぶ。駅見岬からは眼下に扇沢駅舎、正面に針ノ木大雪渓と針ノ木岳。中ほどには総延長400mほどの石畳がある。雨の日はよく滑る。水平道はほぼ水平の150mで、足を緩められる数少ない区間だ。
一方で、気を抜けない場所が一点ある。ガラバだ。ガレた斜面と二つの沢、急斜面を含む約180mの横断で、山荘自身が柏原新道いちばんの危険箇所と書く。すれ違える幅がないため、手前の広い地点で待つのが作法になる。奥の沢の雪渓は8月中旬頃まで残るが、山荘が切って道をつける。その先の富士見坂へ向かう区間には鎖が張られ、高さがある分、下りで神経を使う。
山荘は、短時間で歩き切ったことを誇る登山記録がネット上に多いことへ繰り返し注意を促す。参考タイムに自分なりの掛け数を持ち、余裕のある時間で歩いてほしい、という趣旨だ。入門コースと呼ばれる山だからこそ効く。
種池のほとりの小屋
鉄砲坂と呼ばれる石畳の急登を詰め、枕木の段が現れれば残り150m。種池山荘に着く。小屋は爺ヶ岳本峰と岩小屋沢岳の鞍部に立ち、手前の平坦地はチングルマとコバイケイソウの大群落になる。名の元の種池はごく小さな水たまりだが、クロサンショウウオが棲み、夏にはオニヤンマが来る。北へたどれば冷池山荘(2,410m)、南には新越山荘(2,465m)がある。
2026年の営業期間は、種池山荘・冷池山荘が7月1日から10月17日まで、新越山荘は7月15日から9月26日までと短い。宿泊は三山荘とも完全予約制で、ネット予約は5月15日午前10時に始まった。テント場も週末などの特定日は完全予約で、オーバーユースを避けるため敷地に見合った張り数へ絞られる。当日キャンセルは宿泊が一人3,000円、テントが2,000円。予約が取れた日程から逆算する山である。
種池山荘の周辺に水場はなく、1リットル200円で買う(宿泊者には1リットル分が付く)。登山口にも水場はない。焼きたてピザで知られる小屋だが、2026年は登山口の駐車場が逼迫し、混み合う期間の販売は小屋泊まりとテント泊まりの客に限られた。名物が登山口の交通事情に直結している。
爺ヶ岳周辺は、立山や乗鞍岳と並んでライチョウの生息数が多い場所として古くから知られ、戦後まもなくから調査が積み重ねられてきた。2026年9月12日には種池山荘で、長野県環境保全研究所で20年にわたり周辺のライチョウを追った元研究員のセミナーが開かれた。
三つのピークを、南から北へ
山頂部は南峰・中峰・北峰の三つのピークからなり、最高点は中峰にある。種池山荘から南峰までは砂礫の緩やかな稜線で、コマクサやハイマツが足元に現れる。三峰を順に踏めば鹿島槍ヶ岳(2,889m)の双耳峰が近づき、振り返れば針ノ木岳と蓮華岳、西に立山と剱岳。
位置づけは稜線の向きで決まる。南へは岩小屋沢岳から新越山荘、赤沢岳を経て針ノ木岳へ。北へは冷池山荘から布引山、鹿島槍ヶ岳、五竜岳、白馬岳へと続く。爺ヶ岳は、その長い縦走路に南から入るための最も素直な門である。ただし針ノ木方面をつなぐなら、途中の新越山荘が9月26日で閉まることが日程の上限になる。北側から大谷原を起点に赤岩尾根を詰める道もあるが、そちらへ向かう路線バスはない。
2026年は、クマへの警戒が例年になく長引いた。7月16日以降、鹿島槍ヶ岳から爺ヶ岳、種池山荘、岩小屋沢岳、新越山荘、赤沢岳にかけての登山道や小屋の近くで目撃が相次ぎ、山荘は各人の対策と、緊急時に備えた小屋の電話番号の控えを求めた。8月末頃から目撃は減ったが油断しないように、という注意が9月11日更新の最新情報でも続く。テント場に荷物を置いたままにしない、ラーメンの汁を捨てない、姿が見えるときは立ち去るのを待つ。
六月に開き、十一月に眠る道
季節を考えるとき最初に押さえるべきは、柏原新道があくまで夏山登山道であるという点だ。冬期と4月・5月の残雪期には通行できず、残雪期に南峰へ向かう者は南尾根を直登する。例年6月中旬から下旬に通行可能となり、雪が消えて安心して歩けるのは7月に入ってから。早い年は10月末、遅くとも11月中旬には雪で閉ざされる。
花は下から順に上がってくる。雪解け時の下部にシャクナゲやタムシバ、中間帯の林床にショウジョウバカマ、コイワカガミ。日当たりのよい駅見岬には夏にニッコウキスゲ。色は逆に上から降りてきて、2026年9月11日時点では種池平のミネカエデとクロウスゴが先に色づき、種池山荘から爺ヶ岳にかけての紅葉はシルバーウィーク頃に見頃、9月末にかけて最も濃くなる見込みだと山荘は伝えている。
服装は、日帰りでも稜線に立つ前提で組む。2026年9月に山荘が稜線から発したのは、防水の利いた雨具と暖かな服装という要求だった。麓が20度台の日でも、2,450mの鞍部と2,669mの山頂は別の気温帯だ。装備は、雨の石畳とガラバの下りに効くグリップの靴。難所の少ない道だからこそ、一日で稜線まで詰めきる体力のほうが問われる。
扇沢橋が工事に入った年に
爺ヶ岳のアクセスは、黒部ダムへの玄関口である扇沢と完全に重なっている。柏原新道の登山口は緑の扇沢橋の手前右側にあり、路線バスの終点である扇沢駅からは約800m、歩いて15分ほど坂を戻る。大町市観光協会の案内では、バス運賃は信濃大町駅から1,650円、大町温泉郷から1,320円。タクシーは信濃大町駅から約30分、6,700円ほど。
例年なら扇沢橋の前後5箇所の路肩などに合計およそ150台が停められ、満車なら扇沢駅の最下段の市営駐車場へ回るのが定石だった。2026年はそれが崩れている。扇沢橋の大補修工事などに伴って駐車スペースが60台近く減り、山荘は週末・連休・お盆の大混雑を見込んでバスやタクシーの利用を強く求め、混雑期のマイカー日帰り登山は他の山域を計画してほしい、とまで書いた(2026年9月時点)。黒部ダム観光の大型バスが同じ狭い道を使う以上、路肩へのはみ出しは事故に直結する。
登山口にトイレはなく、入山前の最後のトイレは大町温泉郷の公衆トイレになる。下山後は温泉街の入口の日帰り湯「薬師の湯」が定番だ。大町は、百瀬慎太郎が日本で最初の登山案内人組合をつくった町でもある、と地元の観光協会は書く。麓から雪形に名を付け、道を独力で削り、稜線に小屋を建て、いまは駐車場の混雑にまで気を配る。爺ヶ岳の登山が大町という町の仕事の延長線上にあることは、扇沢へ向かう車窓からでも伝わってくる。