赤石という名が、山脈そのものになった
赤石岳は長野県下伊那郡大鹿村と静岡県静岡市葵区の境にそびえる標高3,121m(三角点標高3,120.53m)の山で、南アルプス南部の主峰にあたる。赤石山脈の中では北岳、間ノ岳、悪沢岳に次ぐ4番目、日本全体でも7番目に高い。山名は山体を刻む赤石沢に露出する赤色のラジオラリアチャートに由来し、明治以降に称されるようになった呼び名である。沢の名が山の名になり、その名が今度は山脈全体に及んだ。
山頂に埋まる一等三角点は1891年(明治24年)9月2日の設置で、日本の一等三角点としては最も高い場所にある。輸送も測量も限られた時代に、これだけ奥まった山へ一等点が据えられた。山体は輝緑凝灰岩や火砕岩からなり、稜線の東側斜面には圏谷(カール)が刻まれている。日本国内では最南端の氷河の痕跡とされる地形である。一帯は1964年6月1日に南アルプス国立公園へ指定された。
椹島へ、登る前にもう一日
赤石岳のアクセスの核心は、登山口までの遠さにある。静岡県側の起点は大井川最奥の椹島(さわらじま)だが、そこへ通じる林道東俣線に一般車は入れない。登山者は井川を経て畑薙第一ダム先の夏期臨時駐車場まで車で入り、特種東海フォレストの送迎バスに乗り換えて椹島へ向かう。畑薙と椹島のあいだは約70分。2026年の運行期間は7月11日から10月12日で、7月11日から9月23日までは事前予約制、9月24日から10月9日は予約不要の当日乗車に切り替わる。4月26日から7月10日と10月13日以降は個別の打ち合わせによる運行となる。
このバスには条件がある。同社が運行対象とする六つの施設——椹島ロッヂ、千枚小屋、赤石小屋、荒川小屋、百間洞山の家、赤石岳避難小屋——のいずれかに素泊まり以上で宿泊する登山者に限り往復無料で乗れる仕組みで、テント泊のみの行程は対象にならない。赤石岳の計画が「まず小屋の予約から逆算する」形にならざるを得ないのは、この一点が効いている。各小屋の予約は6月から受け付けが始まる。椹島ロッヂで一泊し、翌朝から登り始める組み立てが現実的になる。
道路事情は年ごとに動く。2026年9月時点では、大雨で路肩が欠損した林道東俣線の緊急復旧工事が完了し、送迎バスは8月4日から平常通り運行している。一方で畑薙へ向かう市道閑蔵線には法面復旧工事に伴う時間帯通行規制と夜間通行止めがかかっている。荒天や台風接近で林道が閉鎖されれば、送迎バスの運行そのものが休止する。この山に関しては、天気予報より先に道路情報を見る習慣が要る。
東尾根を詰める、標高差2,000mの二日間
赤石岳の登山ルートのうち最も歩かれているのが、椹島から東尾根(大倉尾根)を詰める道である。標高約1,100mの椹島から赤石小屋(2,535m)まで樹林帯の急登に約5時間10分、さらにラクダの背、富士見平、北沢源頭部を経て山頂まで約2時間10分。下りは赤石岳から赤石小屋まで2時間30分、赤石小屋から椹島まで3時間30分。鎖場の連続はなく、樹林の中で高度を稼ぐ時間が長い。標準は一泊二日、初日に赤石小屋、二日目に山頂を踏んで下る。
赤石小屋は2026年の営業が7月11日から10月11日の予定で、定員50名、1泊2食15,000円・素泊まり(寝具付)11,000円。テント場は小屋の直下に15張ほどで、幕営料は一人2,000円。水は小屋の80mほど下にある湧水をポンプアップして供給している。長い樹林帯が切れるのは小屋よりさらに上、標高2,700m付近の富士見平で、ここで森林限界を越えて初めて視界が開ける。
椹島ロッヂが発信する山岳情報によれば、赤石小屋と赤石岳のあいだ、とりわけ北沢源頭部で2024年夏に滑落死亡事故が連続して発生しており、2026年9月時点でも同区間への注意喚起が続いている。ガレた斜面をたどる区間で、疲労の溜まった下りに事故が起きやすい。遅くとも15時までに小屋へ入ること、登山届を出すこと。南部でこれらが形式ではなく実務として扱われるのは、事故が起きたときに人が到着するまでの時間が北アルプスとは桁で違うからである。
荒川三山とつなぐ環
椹島から千枚小屋へ上がって荒川三山を越え、赤石岳を踏んで東尾根で戻る二泊三日は、南アルプス南部で最もよく歩かれている周回線である。初日に千枚小屋まで高度を稼いでおけば、二日目を三千メートルの稜線だけに使える。日本第六位の悪沢岳と第七位の赤石岳を、一日のうちに続けて踏むことになる。千枚小屋(定員80名)も荒川小屋(定員50名)も2026年の営業は7月11日から10月11日の予定で、事前予約が要る。
この周回には現在進行形の変化がある。2026年9月時点で、荒川岳前岳の大崩壊地が長野県側へ崩れ進んでおり、崩壊部への接近は禁止とされている。稜線を歩く側からは崩壊の縁が見えにくい。南へ稜線を伸ばせば百間洞山の家を経て聖岳へ道は続くが、その百間洞山の家は2026年に限り修繕工事のため小屋泊が7月11日から8月31日に短縮されている。南部の縦走は、小屋の開設期間がそのまま日程の枠になる。
長野側から、二十の渡渉を越えて
長野県大鹿村側から赤石岳に登る小渋川ルートは、性格がまったく異なる道である。平常時は湯折のゲートが起点で、小渋川本流を遡り、広河原小屋を経て大聖寺平へ突き上げる。特徴は20箇所ほどに及ぶ渡渉で、川が深い箇所もあり、水量が多いときは通行しないよう村が呼びかけている。台風や河川の氾濫のたびに道は荒れ、徒渉点も踏み跡も動く。読図と沢歩きの経験がないまま入る道ではない。
ただし、この道は今そもそも歩けない。2026年9月時点で、大鹿村は小渋川ルートを「通れません」としている。登山口の湯折ゲートへ至る県道で道路崩落が発生したためである。通常時でも12月中旬から7月末までが冬季閉鎖の扱いで、積雪の状況によって閉鎖と解除の時期は前後する。入山の可否は村の最新情報に依存するため、大鹿村役場産業建設課商工観光係(0265-39-2001)への事前確認が欠かせない。それでも古い登山史をたどれば、赤石岳へは長野県側から沢を詰めて登るのが本来の姿だった。小渋川を選ぶ者は、赤石岳の昔の姿を見に来ている。
山頂に立つための三ヶ月
山頂直下の南側、標高3,090mに建つのが赤石岳避難小屋である。定員10名、水場も幕営地もなく、水は途中で汲んで持ち上げる。2026年の開設期間は7月11日から9月22日の予定で、素泊まり11,000円(寝具付)の予約制、予約なしの利用には1,000円が加算される。避難小屋という名を持ちながら管理人が入る。赤石岳の頂に長くとどまり、夕暮れと日の出の両方を稜線で迎えるには、この小屋を押さえるほかない。
赤石岳の山頂は、南アルプスらしく広い。標石の周りは砂礫とハイマツで、槍や穂高のような岩峰の緊張感はない。東へ落ちる圏谷の縁に立つと、自分が登ってきた東尾根が足元から樹海へ伸びていく。北に小赤石岳から荒川三山、南は百間平を越えて聖岳へ。形を記憶に残す頂ではなく、尾根がどこまでも続いていることを理解させる頂である。
赤石岳の季節は短い。小屋と送迎バスが動く7月中旬から10月上旬が、実質的な登山の時期になる。夏の稜線やカール底の草地にはお花畑が広がり、この山の名を負ったアカイシリンドウ(環境省レッドリストの絶滅危惧IB類)も生育する。ハイマツ帯はライチョウの生息地でもある。9月下旬から10月上旬は紅葉の時期にあたるが、朝の稜線はすでに氷点下に入る。
水と距離が決める装備
赤石岳の装備を決めるのは、気温よりも距離と逃げ場のなさである。椹島から赤石小屋までの標高差は約1,400m、そこから山頂までさらに約600m。初日は二日分の食料と行動水を背負ってこれを詰める。9月以降の稜線は朝が氷点下に入るためフリースとダウン、防風防水のレインウェアを含む秋山装備は省けないが、赤石岳の服装で実際に効くのは、樹林帯でかいた汗を稜線に持ち込まない上下の切り替えのほうだ。南部は小屋の間隔が長く、途中でエスケープできる道がない。行程を縮められないという一点が、赤石岳の装備を北アルプスのそれと分けている。
赤石岳登山の計画が難しいのは、ルートの難度ではなく入口の構造にある。林道のバスに乗れるのは小屋に泊まる人だけで、その小屋の開設期間は年に三ヶ月ほど、しかも工事や災害で毎年動く。赤石岳の三千メートルは、時間を払わなければ届かない高さとして設計されている。