活火山という山
焼岳は飛騨山脈(北アルプス)の長野県松本市と岐阜県高山市の境にまたがる標高2,455mの活火山で、山頂は南峰(2,455m)と北峰(2,444m)の双耳峰を成す。北アルプスで現在も活動を続ける唯一の活火山として気象庁の常時観測火山に指定され、深田久弥の日本百名山にも名を連ねる。標高は周囲の穂高連峰・槍ヶ岳には及ばないが、上高地という日本屈指の山岳景勝地の正面にそびえているため、北アルプスを訪れた人なら必ず一度はその山容を見上げる山だ。
活動は約2.5万年前に始まったとされ、有史以後の噴火はすべて水蒸気爆発型。最も知られているのは1915年(大正4年)の大噴火で、噴出した泥流が梓川をせき止めて大正池が誕生した。上高地観光の象徴となっている枯木と水鏡の風景は、この噴火が直接生み出したものだ。1962年の噴火以後しばらく全面登山禁止だったが、1965年に北峰のみ登頂可能となり、現在に至っている。南峰は崩落と火山ガスのリスクから立入禁止が続いている。
焼岳ルート、二つの定番
焼岳ルートで最もよく使われるのは、長野県側の中ノ湯ルート(中ノ湯登山口、標高約1,620m)。釜トンネル手前の旧道入口から入り、樹林帯を抜けて広場、上部の岩稜帯を経て北峰に至る。登り約3時間30分、下り約2時間30分、標高差約830m。距離は短いが上部は浮石とザレた斜面が続き、歩行時間に対して体感の登り応えは大きいルートだ。
もう一つの主要ルートが新中尾峠(焼岳小屋)ルートで、新穂高温泉の中尾高原から入って焼岳小屋(標高2,080m)を経由して北峰に登る。登り約4時間30分、下り約3時間30分。焼岳小屋に一泊するプランや、上高地側へ抜ける縦走に組み込まれることが多い。上高地ルートは河童橋から田代橋・西穂登山口・焼岳小屋・北峰へと至る古典的な縦走路で、登り約5時間。距離は長いが標高差を緩く稼ぐため、上高地の核心部を歩きながら焼岳に向かいたい登山者に選ばれる。
現実的に最も人気が高いのは、中ノ湯から登り焼岳小屋を経て上高地に下りる焼岳縦走プランだ。バス便を活用すれば一日で長野・岐阜の県境を越え、上高地の核心まで歩き抜けられる。コースタイム約7〜8時間、標高差は登り830m・下り1,000m。
焼岳アクセス、上高地マイカー規制を踏まえて
焼岳アクセスは、上高地マイカー規制の存在を前提に組み立てる。長野県側の中ノ湯登山口へは、松本駅からアルピコ交通バスで沢渡(さわんど)まで約1時間、そこからシャトルバスで中ノ湯(釜トンネル入口)まで約20分。あるいは新島々駅でバスを乗り換える経路も使える。マイカー登山者は沢渡または平湯あかんだな駐車場に車を置き、シャトルバスで中ノ湯へ入る。
岐阜県側の新中尾峠ルートは、高山駅または平湯から新穂高温泉行きバスで「中尾高原口」下車、登山口まで徒歩約30分。新穂高ロープウェイの起点に近く、焼岳と西穂高岳をセットで歩く登山者に好まれる。上高地ルートは大正池バス停または上高地バスターミナルから直接歩き始められる。沢渡・平湯の駐車場は1日600円程度、年間を通じてシャトルバスが運行されている。
火山ガスと、北峰だけが登れる理由
焼岳の北峰山頂直下と山頂部では、現在も活発な噴気が続いている。山頂火口とその周辺からは硫化水素(H₂S)と二酸化硫黄(SO₂)を主とした火山ガスが断続的に放出され、風向きによってはガス臭が一気に強まる瞬間がある。低気圧通過後や無風時はガスが滞留しやすく、頭痛や息苦しさを感じたら直ちに風上に移動するのが鉄則だ。山頂滞在は最短で済ませ、長居しない。
南峰が立入禁止のままなのは、火山ガスのリスクに加えて、山頂部の崩落と岩塊の不安定さが原因だ。1995年には中の湯トンネル工事中に水蒸気爆発が発生し作業員4名が亡くなる事故も起きており、焼岳は北アルプスのなかでも特異な「現役の」火山であり続けている。気象庁は噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)を平時の基準としているが、状況によりレベルが上がると登山道が即座に閉鎖されるため、出発前に必ず気象庁の火山情報を確認するのが焼岳登山の最低限のルールになっている。
焼岳の装備、服装、季節
焼岳の装備は、北アルプス2,500m級の岩稜歩きと火山地形の両方を想定する。中ノ湯ルートの上部は浮石とザレ場が続き、ミッドカット以上のトレッキングシューズが必須。ヘルメットを推奨する区間はないが、下山時の落石への注意は他の北アルプス入門峰よりも明確に意識する。長袖、薄手フリース、防水透湿レインジャケット、ニット帽と薄手グローブが基本。
焼岳の服装と季節について、推奨される登山シーズンは6月中旬から10月中旬。残雪の状況によっては6月上旬まで部分的にアイゼンが必要なこともある。7月から9月は雷雨と熱中症のリスクが高いため早朝出発が標準。10月の紅葉期、特に上高地が黄葉に染まる時期は登山者数のピークだが、夜間冷え込みが氷点下に達する日もある。焼岳の冬季登山は完全な雪山登山であり、ピッケル・アイゼン・冬装備を揃えた経験者のみが対象だ。水場は中ノ湯・新中尾峠ルートともに登山道上にほとんどなく、夏季は最低2L、冬季も1.5Lを担ぐ。
焼岳小屋は松本市営の山岳避難小屋で、新中尾峠(標高2,080m)に立つ。営業期間は概ね6月下旬から10月下旬、定員約30人。素泊まり中心で食事は弁当持参が基本という、北アルプスの主稜小屋とは違うスタイルを保っている。緊急時の避難場所としての性格が強く、悪天候時にこの小屋まで辿り着けば、ひとまず生命の安全は確保される、というのが地元山岳会の共通認識だ。
上高地から見上げる、焼岳から見下ろす
上高地の河童橋に立つと、谷の北端に裸の山頂が見える。これが焼岳だ。逆に焼岳の北峰山頂に立つと、眼下に上高地の谷全体、梓川の蛇行、大正池の水面、そして対岸にそびえる穂高連峰の岩壁が一望できる。穂高岳・槍ヶ岳・霞沢岳・乗鞍岳を同時に視界に入れられる希少な展望ポイントであり、上高地の地形を空から見ているような視点を、自分の足で歩いて得られる山だ。
下山後は中ノ湯温泉旅館、または上高地に下りた場合は大正池ホテル、新穂高側に抜けたなら平湯温泉と、焼岳の周囲は北アルプス屈指の温泉郷に囲まれている。1915年の噴火が大正池を作り、その火山活動の名残が温泉として現在も湧き続けている。
次に登るなら、北アルプスのどこへ
焼岳を踏んだら、次に向かうべきは上高地から登れる穂高連峰だ。涸沢経由で奥穂高岳に挑むか、岳沢から前穂高岳に向かうか。あるいは新中尾峠から西穂山荘経由で西穂高岳まで延ばすルートは、焼岳と地続きで歩ける入門的縦走として古くから親しまれてきた。
南側に視野を広げれば、乗鞍岳が控える。焼岳と乗鞍岳は同じ飛騨山脈南端を構成する活火山ペアであり、両方を踏むことで「北アルプスの最南端ライン」を一通り理解できる。焼岳は北アルプスの登山対象としては難易度が高くないが、活火山の現役性、上高地という日本屈指の景勝地、北アルプス南端の地理的な要という三つを同時に体験できる点で、他の百名山にはない独特の位置を占めている。