丹沢の主峰、表丹沢の中心
塔ノ岳は標高1,491m、神奈川県秦野市・足柄上郡山北町・足柄上郡松田町にまたがる丹沢山地の主峰だ。丹沢大山国定公園の核心部に位置し、丹沢山(1,567m)・蛭ヶ岳(1,673m)と並ぶ表丹沢の代表峰として知られる。日本百名山の選定からは外れたが、神奈川県の最高峰は蛭ヶ岳であり、塔ノ岳はその玄関口にあたる峰として位置づけられている。山名の「塔」は、山頂部にかつて立っていた巨石「尊仏岩(そんぶついわ)」に由来し、現在も山頂直下の山小屋名「尊仏山荘」にその名残を留める。
塔ノ岳の特徴は、首都圏から公共交通で日帰りできる「本格的な1,500m峰」として、年間を通じて最も多くの登山者を集める点にある。新宿から小田急線で渋沢駅まで約1時間、そこからバスで大倉登山口まで15分、登山開始から山頂まで標高差約1,200mを一日で歩き通す——この実用性の高さが、塔ノ岳を首都圏の登山者にとって特別な存在にしている。週末は数百人単位の登山者が同じ大倉尾根を歩く、稀有な「混雑する山」でもある。
大倉尾根(バカ尾根)、標高差1,200mの一本道
塔ノ岳ルートで最も標準的なのが、大倉(標高290m)から塔ノ岳山頂までを一本の尾根で詰める大倉尾根だ。標高差約1,200mを延々と階段状の登山道で登り続けることから、登山者のあいだで「バカ尾根」の愛称で呼ばれる。コースタイムで登り3時間半・下り2時間半、往復6〜7時間。途中の見晴茶屋・駒止茶屋・小草平・花立山荘・金冷シなど整備された茶屋・山小屋が点在し、休憩を取りながら歩けば初心者でも十分に踏破可能。
もう一本の主要ルートが、ヤビツ峠から表尾根を縦走するルート。ヤビツ峠(標高761m)からニノ塔・三ノ塔・烏尾山・行者ヶ岳・新大日・木ノ又大日を経て塔ノ岳に至る稜線縦走で、コースタイムで約4〜5時間。標高差は800m程度で大倉尾根より少ないが、距離が長く岩稜帯(行者ヶ岳の鎖場など)も含まれる。登りに表尾根、下りに大倉尾根を取る周回が表丹沢の王道として広く歩かれている。
塔ノ岳から先は丹沢山・蛭ヶ岳と稜線が続き、丹沢主稜線縦走を組むことも可能。塔ノ岳から丹沢山まで約2時間、蛭ヶ岳までさらに約2時間。塔ノ岳・丹沢山・蛭ヶ岳の三座を一泊二日で踏む計画は、表丹沢から奥丹沢への入口として人気が高い。塔ノ岳は単独ピストンの対象であると同時に、丹沢主稜線縦走の入り口でもある。
尊仏山荘、山頂から見る富士山
塔ノ岳の山頂直下に立つのが尊仏山荘だ。通年営業の山小屋で、塔ノ岳に泊まる登山者の唯一の宿泊拠点として機能する。収容人数は約80名と中規模だが、山頂から徒歩30秒の立地で夕焼け・夜景・ご来光をすべて山頂で味わえるため、富士山を見るための前泊地として根強い人気を持つ。
塔ノ岳の山頂からの眺望は、南西に富士山が真正面に大きく聳え、その左右に南アルプスの白根三山と箱根の山々が広がる構図が定番。北東に丹沢山・蛭ヶ岳、東に都心方向の関東平野、南に相模湾という、首都圏近郊の1,500m峰では得がたい広大な眺望が広がる。晴天時は江ノ島・三浦半島・房総半島まで視界に入る。富士山と相模湾を同時に見渡せる構図は、塔ノ岳ならではの一枚として知られる。
通年登山の山、季節と装備
塔ノ岳の時期は通年。標高1,491mで通年営業の山小屋を擁し、首都圏の登山者にとって季節を問わず登れる本格山岳として位置づけられる。5月の新緑、7〜8月の夏山シーズン、10月後半から11月の紅葉、12月から3月の冬枯れの稜線——季節ごとに異なる表情を見せる。冬季の稜線では積雪・凍結があるため軽アイゼンの携行が必要になる場面が出る。夏季は標高1,500m級でも気温が25℃を超える日があり、熱中症対策と水分補給が大倉尾根の長い登りでは死活問題になる。
塔ノ岳の服装と装備は、1,500m級の長時間行動を前提に組む。フリースと防風防水のレインウェアは省けず、シューズはミッドカット以上の登山靴。ザックは日帰りなら15〜20Lで十分。大倉尾根は階段状の急登が下りで膝への負担が大きく、トレッキングポールがあると膝の摩耗を防げる。冬季登山では軽アイゼン・予備の防寒着が必要。表尾根を歩く場合は行者ヶ岳の鎖場でヘルメットがあると安心だが、必須ではない。
尊仏山荘に前泊して見る塔ノ岳の朝の富士山は、首都圏の登山者にとって特別な体験として知られる。夜明け前の薄明の中で富士山のシルエットが先に立ち上がり、日の出と同時に富士山の山頂部から雪面がオレンジに染まっていく時間帯は、新宿から3時間で到達できる場所で味わえる「3,000m峰の朝」として、丹沢ファンに長く愛されてきた。新月期の冬の夜は、晴天時に天の川と富士山を同じ視界に収められる稀な日もある。
渋沢駅・大倉・ヤビツ峠 — 首都圏からのアクセス
塔ノ岳のアクセスは、大倉ルートなら小田急線渋沢駅から神奈川中央交通バスで大倉まで約15分。ヤビツ峠ルートなら小田急線秦野駅から神奈川中央交通バスでヤビツ峠まで約50分。両ルートとも公共交通でアクセス完結するため、車を持たない都心の登山者にも極めて利用しやすい。マイカーの場合は大倉の駐車場(県立秦野戸川公園)またはヤビツ峠周辺の駐車場まで車で入れる。
首都圏からは新宿駅から小田急線で渋沢駅まで急行で約1時間、秦野駅まで約1時間。首都圏から最も近い「本格的な1,500m峰」として、塔ノ岳は週末ごとに数百人規模の登山者を集める稀有な山だ。下山後は秦野・渋沢の温泉、または下山口の大倉に併設された日帰り湯で汗を流す。塔ノ岳に登るという行為は、首都圏の登山文化の中心の一つに踏み入ることであり、毎週末同じ尾根を歩く常連登山者たちのコミュニティに触れることでもある。日帰り登山の代表格でありながら、深い愛着を持つ登山者を育て続けてきた山だ。