雲の上から登り始める、日本三霊山
立山は富山県の東部、中部山岳国立公園の北部に位置する山で、富士山・白山と並んで日本三霊山に数えられる。「立山」という名前は単独の山頂を指す名ではなく、雄山(3,003m)・大汝山(3,015m)・富士ノ折立(2,999m)の三つの峰の総称として用いられる。三峰の中で最も高いのは中央の大汝山だが、信仰の中心は雄山にあり、山頂には雄山神社峰本社が祀られている。
立山の登山が他の3,000m峰と決定的に違うのは、登山口がすでに標高2,450mにあることだ。富山地方鉄道立山駅から始まる立山黒部アルペンルートは、ケーブルカー・高原バス・トロリーバスを乗り継いで室堂平に至る観光ルートだが、結果として日本で最も標高の高い登山起点を提供している。麓から長い樹林帯を詰めて稜線に上がるのではなく、最初から森林限界の上、ハイマツと火山岩の世界に放り出される。立山登山という体験は、この「いきなり高所」の構図そのものに性格を規定されている。
雄山、大汝、富士ノ折立 — 立山三山という稜線
立山ルートの基本は、室堂から一ノ越山荘を経て雄山に登り、そこから北へ稜線を辿って大汝山、富士ノ折立を踏む「立山三山縦走」だ。室堂から雄山までは標高差約550m、登り2〜2時間半。雄山から大汝山へは岩場混じりの稜線を約30分、さらに富士ノ折立へ20分。三峰を踏んでも全行程5〜6時間で室堂に戻れるため、無雪期の最も人気のあるコースになっている。雄山の山頂には雄山神社峰本社があり、夏季は神主が常駐して登拝祓いが行われる。山頂祠への登拝には別途祈祷料がかかる伝統が続いている。
より長い縦走を組むなら、立山から北へ稜線を辿って剱御前小舎、別山を経て剱岳をめざすライン、あるいは立山から南西へ五色ヶ原、薬師岳まで縦走するロングラインがある。剱岳との接続は北アルプス縦走の定番で、立山三山+剱岳を二泊三日でつなぐ計画は無雪期の人気プラン。一方、薬師岳までの稜線は人が少なく静かで、五色ヶ原山荘・スゴ乗越小屋を経由する三泊四日の縦走が組める。
室堂、ライチョウ、ミクリガ池 — 火山台地の歩き方
立山登山の起点となる室堂平は、それ自体が標高2,400m台に広がる火山高原だ。ミクリガ池・ミドリガ池・血の池などの火口湖が点在し、地獄谷からは硫黄の蒸気が噴き上がる。室堂平の周囲は遊歩道が整備され、登山装備でなくとも一周することができる。高山植物の宝庫として知られ、7月のチングルマ群落は国内屈指の規模を誇る。ハイマツ帯にはライチョウが生息し、室堂周辺は国内で最もライチョウとの遭遇率が高い場所のひとつとされる。
ただし観光客と登山者が同じ室堂を起点とする構造のため、夏季の室堂は早朝から人が多い。混雑を避けるなら、前夜のうちに室堂のホテルや山荘に入り、夜明け前に雄山方面へ向かうのが定番。室堂から一ノ越までは石畳で整備された幅広い道で、観光靴の人と登山者が同じ道を歩く区間だが、一ノ越から雄山への登りは岩稜帯に変わり、ヘルメットの携行と落石への注意が必要になる。
雪の大谷、4月の特異な開山風景
立山黒部アルペンルートは毎年4月中旬に開通し、室堂平までの道路の脇には除雪で残された雪壁が連なる。これが「雪の大谷」で、年により高さは10〜20m、4月から6月にかけての観光名物として知られる。同じ時期、室堂周辺はまだ完全な雪の世界で、雪山登山者にとっての立山は4〜5月のゴールデンウィークが本格的な季節になる。山スキー・スノーボードのフィールドとしても、立山は日本屈指の規模を誇る。
ただし4〜5月の立山は雪山であり、無雪期登山とは装備・技術が完全に別物になる。雄山への登りはアイゼン・ピッケル必携、ホワイトアウト時のルートファインディング能力が前提となる。雪の大谷を歩く観光客と、ピッケルを携えて雄山に向かう登山者が、同じバスに乗り合わせる季節でもある。一般的な登山シーズンとして立山を考えるなら、室堂のホテル・山荘が営業し、稜線の雪が概ね消える7月中旬から10月初旬を見込むのが現実的だ。
立山信仰、雄山神社と立山曼荼羅
立山の登山は、純粋なスポーツとしての登山が成立する以前、宗教的な登拝として千年以上の歴史を持つ。立山信仰の起源は8世紀、佐伯有頼による開山伝説に遡るとされ、雄山山頂の峰本社、芦峅寺の中宮、岩峅寺の前宮を結ぶ三宮構造のもとで、神仏習合の山岳信仰が江戸時代まで隆盛した。江戸期には「立山曼荼羅」と呼ばれる絵図を携えた布教僧が全国を巡り、立山を「死後の世界の縮図」として説いて回った。地獄谷の硫黄煙、血の池の鉄分赤色、剱岳の岩峰など、立山の地形はそのまま地獄と極楽の景観として読み替えられた。
明治の神仏分離令により神道色を強めた現在も、雄山神社の祭祀は途切れず続いている。雄山頂上の祠で受ける登拝祓いは、観光的な儀式ではなく、千年以上連続してきた立山信仰の一断面だ。立山に登るという行為は、北アルプスの3,000m峰を踏むスポーツであると同時に、長く続いてきた山岳信仰の文脈を踏むことでもある。
立山黒部アルペンルート、複数の交通機関を乗り継ぐアクセス
立山のアクセスは、富山県側からは富山地方鉄道立山駅でケーブルカーに乗り換え、美女平、弥陀ヶ原を経て高原バスで室堂へ。長野県側からはJR大糸線信濃大町駅から扇沢、関電トンネル電気バスで黒部ダム、そこからケーブルカー・ロープウェイ・トロリーバスを乗り継いで室堂に至る。立山黒部アルペンルート全体で7種類の乗り物を使うため、移動時間は長野県側からで約4時間、富山県側からでも約2時間を要する。
首都圏からは北陸新幹線で富山駅まで約2時間、そこから富山地方鉄道で立山駅まで約1時間。当日のうちに室堂入りは可能だが、室堂到着が午後遅くなると雄山往復の時間が取れないため、室堂のホテルか山荘に前泊し、翌朝から登り始める計画が現実的だ。アルペンルート全体には大型ザックを持ち込めるが、混雑期は荷物制限がかかることもある。マイカーの場合、立山駅または扇沢の駐車場に車を置き、立山と扇沢の片道通り抜けには車両回送サービスを使う登山者が多い。
夏の三ヶ月、室堂の装備とリズム
立山の時期は、無雪期登山に関しては7月中旬から10月初旬。7月は梅雨明け直後で高山植物の最盛期、8月は最も登山者が多く山小屋の予約が必須、9月後半は紅葉と晴天率の高さから人気が高まる。10月以降は早朝に氷が張る日も出始め、雄山方面では初冠雪を見ることもある。立山の服装は、室堂が標高2,450mである時点ですでに本州の真夏でも気温が10〜15℃低いことを前提に組む。夏でもフリースと防風防水のレインウェアは省けない。雄山への登りでは岩稜帯の通過があるため、ヘルメットの携行が推奨される。
シューズは室堂平の遊歩道だけならスニーカーでも歩けるが、雄山まで踏むなら必ず登山靴を履く。ザックは日帰りなら20L前後、剱岳や薬師岳まで縦走するなら40L以上が標準。室堂周辺は売店・自販機・水場が揃っているため、行動食の補給は容易だが、雄山稜線上には水場がないため水分は室堂で十分に積む。立山の登山はアクセスが容易な分だけ「観光気分の入山」になりやすいが、3,000m峰であることの装備規準だけは妥協できない。
ホテル立山、みくりが池温泉、剱御前小舎
室堂周辺の宿泊は、観光ホテルから本格的な山小屋まで選択肢が幅広い。ホテル立山はバスターミナル直結の唯一の大型ホテルで、登山の前夜泊・打ち上げの後泊に使われる。みくりが池温泉は室堂平の中ほどに立つ温泉付き山小屋で、国内最高所2,410mの天然温泉として知られる。剱御前小舎は別山乗越にあり、剱岳・立山双方への分岐点として縦走時の中継拠点になる。雷鳥沢ヒュッテ・雷鳥荘は室堂から少し下った雷鳥沢キャンプ場周辺にあり、テント泊登山者の補給拠点として機能している。
立山周辺の宿泊施設はピーク時の予約が必須で、特にお盆と紅葉期のホテル立山・みくりが池温泉は数ヶ月前に満室になる。観光客と登山者が同じ施設に泊まる構造のため、登山特化型の北アルプス山小屋とは雰囲気が異なるが、温水シャワーや食堂など設備が充実しているのは立山ならではの特徴だ。
雷鳥との出会いを目的にするなら、室堂から雷鳥沢に下る道、または一ノ越から大汝山方面の登山道のハイマツ帯を狙う。早朝・夕方・天候の崩れる直前に出てくることが多く、晴れた日中の遭遇率はむしろ低い。撮影する場合は最低でも10m離れ、巣の周辺には絶対に近づかないこと。ライチョウは国の特別天然記念物で、近年は個体数の減少が報告されている。
立山に登るということ、複数の文脈を歩く
立山という山は、3,000m峰の登山対象であると同時に、日本三霊山の一つであり、立山曼荼羅の宗教世界であり、雪の大谷を擁する観光資源であり、雷鳥の生息地であり、山スキーのメッカでもある。これだけ複数の文脈が一つの山に重なる例は、日本の山岳でも他にない。アルペンルートで雲の上に運ばれ、ホテル立山に泊まり、雄山神社で祓いを受け、立山三山を縦走して帰る——このすべてが、立山登山という一つの体験の中に同居する。
それゆえ、立山の登山計画は「どの文脈を中心に据えるか」で性格が変わる。雄山だけを踏む半日のピストン、立山三山縦走の一泊二日、剱岳までを含む二泊三日、薬師岳まで稜線を辿る三泊四日、あるいは4月の山スキー。同じ山に登るとは思えないほど、組み方によって体験は変わる。立山に向かうなら、まず「自分はこの山のどの文脈に呼ばれているのか」を考えるところから始めると、計画が自然に定まってくる。