富山県

白馬岳

白馬岳(しろうまだけ)

画像:Wikipedia(CC BY-SA)

夏に雪を踏んで登る山。日本最大級の雪渓を直登するという、北アルプスの中でも特異な体験を約束する白馬岳。

後立山連峰の盟主、夏でも残る大雪渓

白馬岳は標高2,932m、長野県白馬村と富山県朝日町の県境にそびえる北アルプス・後立山連峰の主峰だ。中部山岳国立公園の最北端に近く、立山連峰と対をなす長大な稜線の北端を担う。深田久弥は『日本百名山』でこの山を後立山連峰の代表として取り上げ、「夏でも雪を踏んで登る大雪渓の存在こそが白馬岳の白馬岳たる所以」として記述した。山名の「白馬」は冬季の雪形に由来するのではなく、春の代掻き期に残る山肌の雪形を「代馬(しろうま)」と呼んだことに由来し、後に「白馬」の字が当てられた。

白馬岳の登山が他の北アルプス3,000m近い山と決定的に違うのは、夏のメインルートが雪渓上の直登である点だ。猿倉から大雪渓を詰めるルートは標高差約1,700mの大半を雪の上で稼ぐ構成で、夏山装備にアイゼンとピッケル(あるいはストック)を加えた、雪と岩の混在した山行になる。北アルプスの他の名峰が「岩と稜線の山」だとすれば、白馬岳は明確に「雪の山」として性格づけられる。

大雪渓と栂池、二本の登り口

白馬岳ルートの代表は二本ある。一つが猿倉から白馬大雪渓を詰めるルートで、猿倉荘(標高1,250m)から林道を進み、白馬尻小屋を経て大雪渓に取り付く。距離約3.5km・標高差約600mの雪渓を約2〜3時間かけて直登し、葱平(ねぶかっぴら)の岩礫帯を越えて村営頂上宿舎・白馬山荘へ。長野県側の最短ルートとして最も人気が高い。もう一本が栂池高原ロープウェイ起点のルートで、栂池自然園から白馬大池、小蓮華山を経て白馬岳に至る。雪渓登りはなく、稜線歩きと高山植物の花畑が主体で、技術的負荷は低いが距離は長くなる。

標準的な登山スケジュールは、大雪渓ルートで一泊二日、栂池ルートで一泊二日または二泊三日。猿倉から登って栂池へ抜ける、あるいは栂池から登って白馬大池・蓮華温泉に下る縦走ラインも人気が高い。白馬岳から南へ稜線を辿れば杓子岳・鑓ヶ岳の「白馬三山」、さらに南へ進めば不帰ノ嶮を経て唐松岳・五竜岳に至る後立山縦走の本線に乗ることもできる。白馬岳は単独の山頂ピストンの対象であると同時に、後立山連峰縦走の起点としての性格も併せ持つ。

大雪渓の雪と落石、夏山だが夏装備では足りない

白馬大雪渓は、長さ約3.5km・標高差約600mの日本最大級の万年雪渓だ。夏季でも完全には消えず、7〜8月の登山シーズンを通じて雪上歩行となる。軽アイゼン(6本爪以上)は必携で、装備の不足は登山道で実際に滑落事故を起こしている。傾斜は緩いが距離が長く、雪面の硬さは時刻と気温によって変わる。早朝は凍結気味で硬く、午後は気温上昇で雪が緩むため、午前中の早い時間に通過する計画が定石になる。

大雪渓の最大のリスクは落石だ。雪渓を取り囲む両側の岩壁から、気温上昇に伴って大小の落石が発生し、雪面を高速で滑り落ちる。2005年には大規模な落石事故で複数の登山者が亡くなっており、現在もシーズン中の落石による負傷事故が毎年報告されている。雪渓内ではヘルメット着用が強く推奨され、雪渓中央付近で立ち止まる時間を最小化することが基本になる。ガス(霧)で視界が悪い時は落石の予兆に気づきにくくなるため、視界が利かない朝方は無理に登り始めない判断も重要だ。

白馬三山と不帰ノ嶮、後立山縦走の中軸

白馬岳から南へ稜線を辿ると、杓子岳(2,812m)、鑓ヶ岳(2,903m)が並ぶ。これが白馬三山と呼ばれる稜線で、白馬山荘または村営頂上宿舎を起点に二日目で縦走できる定番のロングコースになる。鑓ヶ岳の南面には鑓温泉小屋があり、標高2,100mの天然温泉として知られる。白馬岳から鑓温泉、猿倉に下る周回は、雪渓登り・三山縦走・露天温泉という北アルプスでも稀な組み合わせを一つの山行で味わえるラインだ。

さらに南へ稜線を繋げば、天狗山荘を経て不帰ノ嶮、唐松岳に至る後立山縦走の本線に乗る。不帰ノ嶮は鎖場・岩稜の連続する難所で、剱岳の別山尾根に次ぐ難易度を持つとされる。白馬岳から唐松岳までを縦走し、八方尾根を下って八方バスターミナルに抜けるロングプランは三泊四日の本格的な縦走になる。白馬岳のルート選びは、単独ピストンか、白馬三山か、後立山縦走か、どの距離感を選ぶかで完全に性格が変わる。

白馬山荘、村営頂上宿舎、白馬大池山荘

白馬岳周辺の山小屋は、白馬岳登山の骨格そのものだ。白馬山荘は標高2,832mの稜線上に立ち、収容人数800名と日本最大級の山小屋として知られる。レストランや喫茶室を備え、北アルプスの山小屋でも別格の規模を誇る。村営頂上宿舎は白馬山荘の少し下に位置し、白馬岳ピストンの宿泊拠点としてもう一つの選択肢になる。白馬大池山荘は栂池ルートの中継点として、白馬大池湖畔に立つ瀟洒な小屋。鑓温泉小屋は白馬三山縦走の終盤に位置し、温泉付き山小屋として独自の存在感を放つ。

いずれの小屋もピーク時は完全予約制で、お盆と紅葉期は数ヶ月前に満室になる。白馬山荘は規模が大きい分だけ予約は比較的取りやすいが、鑓温泉小屋は収容人数が限られるため早期の予約が必須。山小屋は寝床と食事を提供する装置として割り切り、行動時間と食事時刻を合わせる計画が山行を楽にする。

夏の三ヶ月、花畑と雪渓の季節

白馬岳の時期は、無雪期に関しては7月上旬から9月下旬の三ヶ月弱。7月上旬は梅雨明け直後で大雪渓の雪は最も多く残るが、稜線ではウルップソウ・コマクサ・ハクサンイチゲ・ミヤマオダマキなど高山植物が一斉に開花する。白馬岳の稜線は北アルプスでも屈指の花畑として知られ、特に小蓮華山から白馬岳にかけての稜線は「天空の花畑」として写真愛好家にも人気が高い。8月は最も登山者が多く、山小屋の予約は数ヶ月前から必須。9月後半は紅葉が見頃を迎え、晴天率も比較的高い。10月以降は山小屋の営業が順次終了し、稜線は冬装備の領域に入る。

白馬岳の服装と装備は、夏山装備に雪渓装備を加えた組み合わせになる。軽アイゼン・ストックまたはピッケル・ヘルメットの三点は大雪渓ルートでは必携で、フリースと防風防水のハードシェルも稜線では省けない。シューズはミッドカット以上、ザックは一泊二日でも30L以上が標準で、雪渓を歩く分だけ防寒着が一段厚めに必要になる。栂池ルートのみを使う場合は雪渓装備は不要だが、稜線では同様の防寒・防風対策が求められる。高山病対策として、初日の小屋到着後はあまり動かず、夕食を早めにとって翌朝に備えるのが定石になる。

白馬山荘の前から見るご来光は、東に頸城山塊、南に槍ヶ岳・穂高連峰、西に剱岳・立山という、後立山連峰の核心にいることを実感させる構図になる。山頂直下の小屋に泊まる利点は、夕焼け・夜空・ご来光の三つの時間帯を稜線で過ごせる点にある。星空観望のためにヘッドランプを切って山荘前のテラスに出る登山者も多く、新月期の夏は天の川がはっきりと見える。

白馬駅、猿倉、栂池高原 — アクセスと前後泊

白馬岳のアクセスは、JR大糸線白馬駅から白馬登山バスで猿倉(大雪渓ルート起点)まで約30分、または栂池高原(栂池ルート起点)までシャトルバスで約30分。マイカーの場合、猿倉駐車場・栂池高原駐車場とも夏季は混雑するため、平日の早朝着が無難。猿倉駐車場が満車の場合は白馬八方バスターミナルや白馬村運営の臨時駐車場から猿倉行きのシャトルバスを利用する登山者もいる。

首都圏からは新宿駅から特急あずさで松本まで約2時間半、そこから大糸線で白馬駅まで約1時間半。新宿から白馬への夜行バスも運行されており、当日早朝に白馬入りして登り始めることも可能だ。下山後は白馬村内の温泉(白馬八方温泉、岩岳温泉など)で汗を流して帰路につく登山者が多い。白馬岳は北アルプスの中でも観光リゾート地である白馬村と直結している分、前後泊と温泉の選択肢が圧倒的に豊富な山でもある。

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