本栖湖の南岸に立つ、龍の名を持つ山
竜ヶ岳は標高1,485m、天子山地の最北端に位置する山である。山梨県の身延町と富士河口湖町、そして静岡県富士宮市の境に立ち、北の足元にはすぐ本栖湖の水面がある。山梨百名山の一座で、富士箱根伊豆国立公園の区域に含まれる。標高だけを見れば1,500mに届かない低山だが、富士山との近さと、湖からまっすぐ立ち上がるという立地が、この山の性格をほとんど決めてしまっている。
山名には伝説が伝わる。富士山が噴火したとき、本栖湖に潜んでいた龍が流れ出した溶岩の熱さに耐えかねて逃げ出し、目の前の小富士に登った——それ以来この山が竜ヶ岳と呼ばれるようになった、という話である。溶岩と湖と山をひと続きの物語として語るこの由来は、青木ヶ原の樹海と富士五湖が同じ噴火の産物であることを知る者には、ずいぶん腑に落ちる。竜ヶ岳は富士山を眺めるための山であると同時に、富士山がつくった地形の上に立つ山でもある。
石仏の祠を過ぎて、笹の斜面へ
竜ヶ岳登山の起点は、本栖湖の南岸にある竜ヶ岳登山者用駐車場。山梨県がまとめた「やまなしハイキングコース100選」は、この駐車場から竜ヶ岳登山道入口、石仏の祠を経て山頂に立ち、本栖湖方面との分岐から石仏コースを下る周回を、歩行時間 約3時間40分・距離 約6.6km、難易度★★の中級者向けとして紹介している。駐車場の規模は同じ案内で約100台。湖畔から歩き出して湖畔に戻る、半日で完結する行程である。
竜ヶ岳のルートが数字以上に記憶に残るのは、途中で足元の世界が入れ替わるからだ。登り始めの斜面はやや急で、樹林の中をジグザグに高度を稼ぐ区間が続く。それを抜けると一転して、山肌を覆う笹原の中の一本道になる。かつて笹を切り開いて登山道が整えられた区間で、丈の高い笹に挟まれた道を登りながら、振り返るたびに本栖湖と富士山が大きくなっていく。前を見れば笹、後ろを向けば湖と富士山。この二択を何度も繰り返しているうちに山頂に着く。
山頂はなだらかな広場で、テーブルとベンチが置かれている。鎖場や岩稜で人を選ぶ山ではない。ただし山梨県の案内は、登り始めの斜面がやや急であることと、積雪時には軽アイゼンがあると安心であることを、はっきり注意として挙げている。雨のあとの土の斜面と、凍った踏み跡。竜ヶ岳で足元が問題になるのは、たいていこの二つの場面である。
冬至の前後、山頂が太陽を待つ
竜ヶ岳の名を全国区にしたのは、冬のダイヤモンド富士である。山梨県の公式観光情報は、竜ヶ岳展望台から富士山頂に日が昇る光景が見られる期間を12月3日頃から1月9日頃、見ごろを12月下旬から1月上旬としている(2025年12月時点の案内。日付は年によって前後しうるため、直前に最新の情報を確かめたい)。富士山の北西という方角と、湖面すれすれの高さから1,485mまで一気に立ち上がる位置関係が、この時期の日の出をちょうど山頂の真上に運んでくる。数日ずれれば、太陽は火口ではなく稜線の肩から出る。
とりわけ元日は、初日の出とダイヤモンド富士が重なる日として登山者が集中する。ただしこれは、真冬の暗いうちに湖畔から山頂まで登り切るということでもある。日の出前の笹原は遮るものがなく風が抜け、山頂は座って待つ場所であって歩き続ける場所ではない。ヘッドランプと予備電池、そして「登る装備」ではなく「待つ装備」——行動を止めたまま体温を保てる防寒着と温かい飲み物——まで含めて用意しないと、光の数分間が来る前に体の側が先に音を上げる。軽アイゼンは、大勢が踏んで凍った斜面を想定すれば、推奨というより前提に近い。
山梨県のコース案内は、竜ヶ岳の注意事項として「ゴミは必ず持ち帰りましょう」と明記している。ふだんなら当たり前の一行だが、限られた広さの山頂に人が集まる元日の朝は、この一行の重みが変わる。竜ヶ岳は富士箱根伊豆国立公園の区域にあり、山頂周辺を覆う笹原も、一度踏み荒らせば戻るまでに時間がかかる。日の出を待つ数十分のあいだ、自分の足がどこに置かれているかは意識しておきたい。
天子山地の北端から、雨ヶ岳へ続く稜線
竜ヶ岳は往復して終わる山でもあるが、稜線は南へ続いている。竜ヶ岳から端足峠へ下り、そこから雨ヶ岳へ登り返す道は、天子山地を北から南へ辿る縦走の入り口になる。その先には毛無山が控える。竜ヶ岳の山頂では真正面にあった富士山が、南へ歩を進めるにつれて少しずつ角度を変えていく区間で、本栖湖からの往復だけでは出会えない時間が流れる。
端足峠から本栖湖畔へ下る道を使えば、竜ヶ岳をひと回りする周回も組める。ただしこちら側は石仏コースに比べて歩く人が少なく、道の状態は季節や年によって差が出る。半日の山という前提のまま踏み込むと、下りで想定以上に時間を使うことになりかねない。同じ山でも、どちらに下りるかで難易度の手触りは変わる。
湖畔のキャンプ場が閉じる前に、閉じたあとに
竜ヶ岳の玄関口である本栖湖キャンプ場は、本栖湖観光協会が運営する湖畔のキャンプ場で、登山者用駐車場はこの一帯にある。営業は春に始まり晩秋で終わり、冬のあいだは閉じる。テントエリアとバンガロー・コテージでは開設の時期がずれ、開始日も終了日も年によって動くため、2026年9月時点でも、計画するシーズンの正確な期間は公式サイトの告知で確認するほかない。前夜に湖畔でテントを張り、暗いうちに歩き出すという計画が成立するのは、この期間の中に限られる。
つまり竜ヶ岳は、キャンプ場が閉じている時期に登山者が最も集まるという、ねじれた季節構造を持つ。新緑から初夏は笹の緑が最も濃く、夏は湖畔から登る分だけ標高のわりに暑い。秋は空気が澄んで富士山の輪郭が硬くなる。そして12月から1月、山は一年で最も人を集めるが、湖畔の宿泊施設は眠っている。竜ヶ岳の時期の選び方は、見たいものと泊まれる場所を同時に天秤にかける作業になる。
服装は、標高1,485mの低山という数字からではなく、「樹林を抜けて笹原に出る山」という地形から組むのが正しい。前半の登りは樹林の中で汗をかき、後半は遮るもののない斜面で風に当たる。この落差に対応できるよう、行動中に着脱できる重ね方にしておく。冬は加えて、待機のための一枚を別に持つ。竜ヶ岳の装備計画は、この一枚を入れるか入れないかで性格が変わる。
河口湖ICから三十分、本栖湖のバス停から
竜ヶ岳のアクセスは、車なら中央自動車道・河口湖ICから約30分。公共交通の場合は富士急行線・河口湖駅から本栖湖バス停まで約45分で、そこからさらに登山口まで歩く。ただし山梨県の案内自体が、このバスについて「運行期間が限られていたり本数も少ない」ため時刻表とバス停を事前に確認するよう促している。始発のバスで着いて日の出に間に合う山ではない、ということでもあり、冬季に山頂で夜明けを迎えたい登山者は、実質的に車か前泊を選ぶことになる。
もうひとつ、山梨県の案内が挙げる注意がある。登山口に通じる林道は、工事や冬季閉鎖によって通行止めになる場合がある、というものだ。本栖湖の湖畔を回る県道にも冬季の規制が入る年があり、解除の時期は一定しない。竜ヶ岳は年末年始に人が集中する山であり、駐車場やゲートの開閉の扱いも年によって変わりうる。元日の山頂を狙うなら、出発前に道路管理者と富士河口湖町の最新情報を確認する手間は、この山では形式的な確認ではなく計画の一部になる。
半日で登れて、山頂にベンチがあり、富士山が正面に立つ。竜ヶ岳の条件を並べると、ずいぶん親切な山に見える。実際その通りで、笹原の道は多くの人にとって無理のない登りだ。ただしこの山が本当の顔を見せるのは、一年でいちばん寒くて暗い数週間である。富士山の火口から太陽が昇る数分のために、暗い湖畔から笹の斜面を登り、山頂で震えながら待つ。竜ヶ岳という山の輪郭は、その待ち時間の側にある。