神奈川県

明神ヶ岳

明神ヶ岳(みょうじんがたけ)

画像:Wikipedia(CC BY-SA)

箱根外輪山の北西、富士山と相模湾の両方を見下ろす標高1,169mの山。最乗寺道了尊から登り、金時山へ稜線を辿る一日縦走は、関東の里山と富士山眺望を一度に味わえる、明神ヶ岳ならではの組み立て方である。

明神ヶ岳という山

明神ヶ岳は神奈川県南足柄市と足柄下郡箱根町の境に立つ標高1,169mの山で、箱根外輪山の北西側を担う一座である。深田久弥の日本百名山には選ばれていないが、近隣の金時山(1,213m)や明星ヶ岳(923m)と稜線を共有する箱根外輪山縦走の中心として、関東の登山者には古くから愛されてきた山だ。

山名の「明神」は、ふもとの最乗寺周辺で祀られてきた箱根明神(はこねみょうじん)にちなむ。最乗寺道了尊(さいじょうじどうりょうそん)は曹洞宗の古刹で、山岳信仰と禅修行が混じり合った場所として中世から続いてきた。明神ヶ岳の登山道の多くは、もとは最乗寺へ通じる修行と参拝の道として開かれたもので、地形と信仰が深く結びついている。

道了尊から、信仰の道を登る

明神ヶ岳の登山ルートのうち、最もポピュラーかつ風情があるのが最乗寺道了尊(大雄山)からの古典ルートである。伊豆箱根鉄道大雄山駅からバスまたはタクシーで道了尊バス停まで約10分、そこから杉並木の参道を登って最乗寺の境内を抜け、奥の院から山道に入る。山頂までの標準コースタイムは2時間半、標高差は約800m。

登山道は雑木林とブナの混交林、後半は笹原と灌木帯を抜ける、関東でも珍しいタイプの中規模登山道である。最乗寺の天狗伝説(道了大薩埵が天狗化したという伝承)の影響で、参道沿いに巨大な下駄や奉納物が点在し、登山と寺社参拝の境界がここでは曖昧になる。明神ヶ岳の登山道の中で、もっとも山岳信仰の名残を体感できるルートだ。

宮城野・強羅から、もう一つの登り方

箱根側からのルートは複数ある。箱根登山鉄道宮城野バス停または強羅駅からの登山道は、明神水バス停を起点に山頂まで約2時間。観光の延長で温泉宿を組み合わせやすく、強羅泊の翌朝に明神ヶ岳をピストン、午後は強羅公園と箱根美術館、といった旅程が成立する。

もう一つ古典的なのが、矢倉沢峠経由で金時山方面からの縦走である。金時神社入口バス停から金時山に登り、矢倉沢峠を経て明神ヶ岳に至る稜線歩きは、ハイカーに人気の半日縦走コース。健脚なら明神ヶ岳まで踏んで明星ヶ岳・宮城野へ下りる本格的な外輪山縦走(標準7時間)も組める。

明神ヶ岳のアクセスは、新宿から小田急ロマンスカーで小田原まで約75分、または箱根登山鉄道経由で強羅まで2時間。最乗寺方面は、JR東海道線小田原駅から伊豆箱根鉄道大雄山線で約20分。都心からの近さは、明神ヶ岳の最大の武器のひとつである。

金時山との縦走、外輪山という単位

明神ヶ岳を単独で踏むよりも、金時山〜明神ヶ岳〜明星ヶ岳の外輪山縦走として歩く方が、この山の良さは明確に伝わる。金時山の鋭い山頂から始まり、矢倉沢峠の鞍部に下り、明神ヶ岳のなだらかな草原状の頂を経て、明星ヶ岳の低い肩を越えて宮城野へ下りる――全7時間の縦走は、箱根の地形を内側から味わう道として、関東の登山者の定番ルートになっている。

明神ヶ岳の山頂は、金時山と違って岩稜の頂ではなく、山頂周辺が広いハコネザサの草原になっている。富士山方向に視界が開け、晴れていれば富士山の左後ろに南アルプスの稜線、富士山右側の裾野に駿河湾、振り返れば相模湾と三浦半島が見える。標高1,169mで360度の眺望が得られる山は、関東でも限られている。

低山ゆえの装備と、季節の判断

明神ヶ岳は標高1,169mと中級山岳の範疇で、登山道もよく整備されている。それでも山頂部は箱根の街より概ね7〜10℃低く、稜線では風が強い日が多い。明神ヶ岳の服装は、夏でも長袖長ズボン、薄手のフリースとシェル、雨具上下が基本セット。

シューズは登山道全体で土と石が混じる区間が多いため、ローカットでもグリップのあるトレッキングシューズが現実的だ。雨後の道了尊コースは粘土質で滑りやすく、ストックの有無で下りの体感がかなり変わる。日帰り装備のヘッドランプは、外輪山縦走で時間が押した場合の保険として必ず携行したい。

明神ヶ岳の登山で見落とされがちなのが、夏のヤマビルとシカである。最乗寺の参道周辺は標高が低く湿潤で、6月から9月にかけてヤマビルの活動期に入る。長ズボンを靴下に入れ、ヒル除けスプレーを足元に噴くと吸着率がかなり下がる。シカが増えてダニも増えたため、半袖半ズボンは避けたほうが現実的だ。

ハコネバラと、季節ごとの山頂

明神ヶ岳の時期選びは、花と紅葉と富士眺望の三軸で語ると分かりやすい。5月中旬から6月上旬はハコネバラ(神奈川県の郷土の花)とミツバツツジの開花期で、矢倉沢峠から明神ヶ岳の稜線が華やかに染まる。6月下旬から7月のアジサイ期は、最乗寺の参道で2,500株のアジサイが見頃を迎える。

9月から10月のススキ期、明神ヶ岳の山頂部は銀色の草原に変わる。11月中旬から12月初旬の紅葉は、最乗寺の参道がカエデの赤に染まり、その先の山道もブナとカエデが色付く。明神ヶ岳の山頂は冬こそ富士山が最も鮮明に見えるため、12月から2月の晴天日を狙って登る登山者も少なくない。雪が降る日は限定的だが、霜柱と凍結に備えて軽アイゼンを携行する。

明神ヶ岳は、富士山や百名山のような華やかさを持たない代わりに、都心から日帰りで富士山と相模湾を一度に見渡せる稀有な低中山として、関東の登山者にとっての「半日空いた日の選択肢」として大切にされてきた山である。最乗寺の杉並木を歩き、稜線で富士山を見て、温泉に浸かって帰る――一日でこれをやれる山が、新宿から100kmの範囲にいくつあるかと考えると、明神ヶ岳の値打ちが見えてくる。

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