山頂に神社と村がある山
御岳山は東京都青梅市の北西、標高929mの山で、JR青梅線「御嶽駅」からバスとケーブルカーを乗り継いでアプローチできる。山頂稜線には武蔵御嶽神社の本殿が立ち、その周囲に約30軒の宿坊と土産物店が連なる古い集落が今も生活を続けている。年間来訪者数は約50万人。首都圏のハイカーが「奥多摩で気軽に登れる神社の山」と一言で呼ぶこの山は、日本にいくつかある『山頂集落型』の信仰の山のうち、最もアクセスが良いものの一つだ。
長野県木曽の御嶽山(おんたけさん、3,067m)と漢字一字違いで混同されることが多いが、別の山である。御岳山は奥多摩三山の北側に位置し、東に日の出山、西に大岳山、南に鍋割山と稜線でつながる。標高こそ低いものの、ケーブルカーを下りた地点(標高831m、御岳山駅)からの稜線歩きは東京都内とは思えない原生林の連続で、奥多摩の真ん中に居るという地理感覚を意外なほど強く与えてくれる。
ケーブルカーと表参道、二つの登り方
御岳山ルートは大きく二つに分かれる。最も使われるのは御岳登山鉄道のケーブルカー(滝本駅・標高407m → 御岳山駅・標高831m)で、所要約6分。ケーブル上駅からはほぼ平坦な参道を25分ほど歩いて武蔵御嶽神社に至る。標高差なしで山頂神社まで行ける気軽さが年間50万人の集客を支えている。
歩いて登るなら表参道(旧参道)ルートが古典だ。滝本駅から林道経由でケーブルカーの軌道と並行する形で登り、御岳山駅まで約1時間。舗装と石畳が混在した参道で、江戸時代から続く宿坊の旦那衆が今も歩いて上り下りに使う実用路だ。早朝、宿坊の番頭さんがリヤカーで荷物を上げる姿に出会うことがある。
縦走を組むなら、御岳山を起点としてロックガーデン → 大岳山の周回が定番だ。御岳山駅から長尾平・天狗の腰掛杉・七代の滝・綾広の滝を経由するロックガーデン(岩石園)コースは、苔むした巨岩と渓谷で構成された約2km・1時間半の散策路で、奥多摩の沢の核心を歩ける。そのまま大岳山(1,266m)まで足を延ばせば、御岳山駅からの周回で5〜6時間の中級コースになる。
御岳山アクセス、新宿から1時間半
御岳山アクセスは、首都圏の登山対象として群を抜いて良い。新宿駅からJR中央線特別快速・青梅線で御嶽駅まで約1時間30分。御嶽駅前から西東京バスでケーブル下バス停まで約10分、滝本駅のケーブルカーで御岳山駅まで6分。新宿を朝8時に出発すれば10時には山頂稜線に立てる計算で、午後3時には新宿に戻れる。ケーブルカーの代わりに表参道を歩いて登る場合でも、トータル所要時間は3時間半ほどだ。
マイカーの場合は滝本駅前の有料駐車場(136台、1日1,500円)を起点にする。週末早朝7時には満車になる定番の駐車場で、紅葉期とレンゲショウマ期は8時前に着いておく必要がある。御岳山駅は犬連れの参拝者で常に賑わっている。これは武蔵御嶽神社が大口真神(おいぬ様)信仰の中心として知られ、ケーブルカーが日本でも珍しく犬の同伴乗車を認めているためだ。
武蔵御嶽神社と、おいぬ様信仰
武蔵御嶽神社の創建は崇神天皇の時代と伝えられ、奈良時代から平安時代にかけて山岳信仰の道場として整備されてきた。本殿は標高929mの最高所に立ち、ケーブル上駅から表参道の宿坊街を抜けて約25分、最後は急な石段を330段登る。途中には神代欅(樹齢約1,000年、国指定天然記念物)が立ち、宿坊街の中央に推定樹高30m超で枝を広げている。
本殿の北側、玉垣内には大口真神社(おいぬ様)が祀られる。日本狼を神格化した珍しい信仰で、害獣除け・盗難除けの守護神として江戸期から関東一円の農家に篤く信仰されてきた。現代では飼い犬の健康祈願に訪れる参拝者が多く、ケーブルカー・参道・神社境内ですれ違う犬の数は週末で数百匹に及ぶ。神社の奥には男具那社(おぐなしゃ)と呼ばれる奥の院があり、最高所の天空感はこちらの方が強い。
宿坊街、レンゲショウマ、ロックガーデン
御岳山駅から本殿に至る稜線には約30軒の宿坊が立ち並ぶ。神職を兼ねる宿主が運営する古い民宿群で、武蔵御嶽神社の参詣者を江戸期から受け継いだ家系も含まれる。素泊まり・夕朝食付きから、神職による神事体験つきの宿泊プランまで多様で、首都圏で最も気軽に山頂集落の夜を味わえる場所として近年再評価されている。早朝、本殿の朝拝に参列して、神代欅の朝霧を見て下山する、というルーティンが定番だ。
8月には宿坊街の北側、富士峰園地にレンゲショウマが群生する。約5万株、日本最大級の自生地で、紫色の小さな花が下向きに咲く独特の姿は「森の妖精」とも呼ばれる。御岳山がデイハイクの目的地として最も賑わうのはこの時期だ。
本殿の西側に下りていくとロックガーデン(岩石園)が広がる。長尾平から七代の滝(落差15m)に下り、綾広の滝(落差10m)まで沢沿いを遡る周回路で、苔むした巨岩、清流、シダ植物の連続が標高1,000m以下とは思えない深山の風情を作り出す。所要約1時間半、御岳山駅からの周回で3時間。これを抜けたあとに大岳山への急登が始まる。
御岳山の装備、服装、季節
御岳山の装備は、ケーブルカーで上がって稜線の宿坊街と本殿を歩くだけなら街靴に近い軽装でも済む。ただしロックガーデンや大岳山方面に足を延ばすならトレッキングシューズが必須になる。沢沿いの石は濡れて滑りやすく、大岳山直下は岩稜と鎖場が混在する。長袖、薄手のフリースかウィンドシェル、防水ジャケットが基本。
御岳山の服装と季節は、4月から11月が標準シーズン。新緑(4月下旬〜5月)、レンゲショウマ(8月)、紅葉(11月)の三つがピークで、ケーブルカーの待ち時間が30分を超えることもある。冬は標高929mとはいえ霜と部分積雪が発生し、12月から3月の早朝はチェーンスパイクが安心。低山にしては気温が下がりやすい山だ。水場はロックガーデン以外少なく、夏季は1L、冬季も750mLを担ぐのが標準だ。神社周辺には茶屋・蕎麦屋・売店があるため食料は最小限で構わない。
御岳登山鉄道のケーブルカーは1934年(昭和9年)開業、日本でも最古級のケーブルカー路線の一つ。標高差424m、最大勾配25度。ペット同伴乗車が認められた珍しい鉄道で、犬連れの参拝が当たり前の光景になっている。神社の大口真神信仰と、現代のドッグオーナー文化が、ケーブルカーという一つの装置の上で重なっている。
日の出山、大岳山、奥多摩へ
御岳山を踏んだ次の選択肢は、稜線の延長にある日の出山(902m)と大岳山(1,266m)だ。東側の日の出山までは御岳山駅から約1時間、緩やかな尾根歩きで山頂に立てる。山頂直下に湧く「つるつる温泉」までは更に1時間、温泉とビールで締める「御岳〜つるつる」周回は奥多摩の古典コースだ。
西側の大岳山は深田久弥が「日本二百名山」に選んだ奥多摩を代表するピークで、ロックガーデン経由で御岳山から往復5〜6時間。鎖場・岩稜の急登を経て立つ山頂からは富士山と丹沢が一望できる。さらに鋸山・天狗岩を経て奥多摩駅に下りる縦走(御岳山駅 → 大岳山 → 鋸山 → 奥多摩駅、約7時間)は、奥多摩を一日で横断する古典縦走として首都圏ハイカーの登竜門になっている。御岳山は単独で気軽に登れる神社の山であると同時に、奥多摩三山と多摩川渓谷を歩き始める入口でもある。