石尾根の真ん中に座る、東京の高み
鷹ノ巣山は東京都西多摩郡奥多摩町にある標高1,736.6mの山で、奥多摩駅から雲取山へ東西に延びる石尾根のちょうど中間に位置する。東京都では雲取山に次ぐ第二の高峰にあたり、山頂が都県境を跨がない山に限れば都内最高峰という、少し込み入った肩書きを持つ。一帯は秩父多摩甲斐国立公園に含まれ、環境省はこの公園を、首都圏にもっとも近い森と渓谷の山岳公園として紹介している。
奥多摩の山は総じて樹林が濃く、稜線に出ても空がなかなか広がらない。鷹ノ巣山はその例外にあたる。山頂の南面にはカヤトの斜面が開け、奥多摩主脈の方向へ視界が大きく抜ける。2016年、山の日の制定を記念した標石が山頂に据えられた。この山が東京の山として持つ位置づけを、そっけない石柱のかたちで示している。
もっとも、鷹ノ巣山が長く登られてきた理由は、山頂の眺めそのものよりも地理にある。石尾根という長大な尾根の中間点にあるという一点だ。奥多摩駅から歩きはじめれば日帰りで届く限界に近く、雲取山まで縦走するなら行程の折り返しの目安になる。単独峰としてよりも、尾根の節目として選ばれてきた山である。
閉ざされたままの急登、稲村岩尾根
かつて鷹ノ巣山登山といえば稲村岩尾根だった。東日原から稲村岩の脇を回り込み、山頂へ北東から突き上げる痩せ尾根を一直線に詰める道で、約3kmで1,100mの標高差を上げると紹介されてきた。「奥多摩三大急登」の一つに数えられてきた勾配で、休める平坦地も、途中の展望も、ほとんどない。ただ登る。その無愛想さがこの尾根の評判をつくっていた。
その稲村岩尾根は、2020年5月23日から通行止めが続いている。台風の影響で登山道が複数箇所で崩落したためで、奥多摩ビジターセンターが公開する「奥多摩 登山道・道路状況一覧」では、2026年9月10日更新の時点でも通行止めのままである。閉鎖から六年を越えた。鷹ノ巣山のルートを考えるとき、最も有名な入口は現在使えない。ここを出発点に据えた古いガイドブックや記録は、そのまま使えないものとして読む必要がある。
2026年9月時点の状況。稲村岩尾根は2020年5月23日から通行止めで、東日原から直接鷹ノ巣山へ登る道はないものとして計画する。水根沢林道は登山道が一部崩落し、迂回路を通る通行注意の扱い。日原林道は車での通行ができない。いずれも奥多摩ビジターセンターの一覧(2026年9月10日更新)による。
峰谷から、林道の終点をぬけて
現在の鷹ノ巣山へのアクセスの中心は、奥多摩駅から西東京バスの峰谷行きに乗る道筋である。終点でバスを降り、峰谷川沿いの林道を詰め、登山道に入って浅間神社を過ぎると浅間尾根に乗る。稲村岩尾根のような容赦のなさはないものの、山頂までの標高差が消えるわけではない。この路線は便数が限られ、朝の一本を逃すと行程そのものが成り立たなくなる。前半の林道歩きで脚を使いすぎないことも、この尾根では効いてくる。
浅間尾根を登り切った石尾根上の分岐に、鷹ノ巣山避難小屋が建つ。山頂直下ではなく、山頂から西に800mほど離れた標高1,570m付近である。小屋の近くには沢水のある場所があるが、奥多摩ビジターセンターは状況によっては枯れていて使えないことがあると明記している。当てにせず担ぎ上げるのが無難で、とくに夏の縦走では水の計画がそのまま行程の可否を決める。
もう一つの現実的な選択が、奥多摩湖側から石尾根に乗る道筋である。水根や倉戸口でバスを降り、トオノクボや榧ノ木尾根をたどって尾根上に出る。鷹ノ巣山は入口が複数ある山で、どれか一本が閉じても別の線で届く。正面玄関を失ってなお登られ続けているのは、この冗長さのおかげだ。
カヤトの斜面と、緊急用の小屋
鷹ノ巣山避難小屋は通年無人で、営業する山小屋ではない。予約も食事も寝具もなく、電波も届かない。併設のトイレはくみ取り式で、紙の備えもない。そして奥多摩ビジターセンターは、奥多摩の避難小屋は緊急避難用であり緊急時以外の使用は遠慮してほしいと明記している。つまり、ここを宿泊地に組み込んだ行程はそもそも推奨されていない。屋根があることを前提に置かず、悪天や負傷で計画が崩れたときの逃げ場として頭の隅に置くのが正しい距離の取り方だろう。小屋から浅間尾根を下れば奥集落まで約2.7km。それがこの稜線に用意されたエスケープの実際の長さである。
季節ごとの表情ははっきりしている。春から初夏は樹林の新緑が続き、夏は標高1,700m級とはいえ下部の樹林帯が蒸す。もっとも鷹ノ巣山らしいのは、山頂南面のカヤトが枯れ色に変わる時期だろう。草の斜面が褐色に沈み、空気が澄んで、奥多摩主脈の向こうまで輪郭が立つ。冬は積雪と凍結の季節になる。奥多摩のこの標高帯は雪が深く積もるより、踏まれて凍りつくほうが厄介で、装備にチェーンスパイクや軽アイゼンを加えるべき期間が意外に長い。南面が開けている分、稜線では風もまともに当たる。
熊鈴と、早すぎる日暮れと
2026年の奥多摩を語るうえで避けられないのがツキノワグマである。5月17日、石尾根の三ノ木戸山周辺で登山者がツキノワグマに襲われる事故が起き、翌18日から奥多摩駅〜六ツ石山の区間が通行止めとなった。奥多摩ビジターセンターは猟友会や警察と連携して現場周辺の警戒や追い払い、捕獲用檻の設置にあたり、同区間は6月2日9時に解除されている。同じ時期に閉じた長沢背稜やヨコスズ尾根なども、7月18日から通行可に戻った。道は開いた。それでもこの山域でクマが抽象的な心配ではないことは変わらず、同センターは今も鈴などで人の存在を知らせるよう呼びかけている。
直近の状況も穏やかではない。2026年9月には台風25号が奥多摩を直撃し、JR青梅線が一時運休、氷川渓谷遊歩道も19日夜から閉鎖された。雨のあとは路肩が緩み、落石や倒木の危険が上がる。同センターは、ここ最近でハチ刺されの事故が6件あったことも伝えている。秋はスズメバチの警戒心が強まる時期にあたる。服装は、マダニ対策も兼ねて長袖を基本に組み立てたい。同センターが繰り返し挙げている携行品は少ない。
- 雨具。天気は急変する
- ヘッドライト。一人一個、スマートフォンのライトで代用しない
- 暖かい上着を一枚
- 長袖。マダニ対策を兼ねる
そして日没である。9月半ばでも日が沈むのは17時45分ごろで、同センターは15時に下山を終えられる行程を勧めている。鷹ノ巣山はどの下山路も長い。バスの時刻と日没の両方から逆算して、登り返しの余力を残した計画にしておくことだ。
雲取山へ続く、長い一本の尾根
鷹ノ巣山の本領は、山頂に立ったあと西へ歩き出したときに出る。石尾根はここから小ピークをいくつも越えて七ツ石山へ、さらに雲取山へと続いていく。東京都内でこれだけ長く稜線をたどれる場所は他にない。泊まりを挟むなら、避難小屋ではなく雲取山側の営業小屋を軸に組むのが筋である。逆向きに、雲取山から下ってきて鷹ノ巣山で二日目の午後を迎える人も多い。
ただし雲取山側にも長く残る通行止めがある。唐松谷林道は2019年10月13日から台風の影響で通行止めが続き、三条ダルミから雲取山荘へ向かう巻き道も通行止めとされている。縦走を組むときは、鷹ノ巣山側だけでなく雲取山側の状況も同じ一覧で確かめておきたい。奥多摩の登山道は、台風とクマという二つの理由で、長期間にわたって地図と実態がずれ続けている。
正面の急登を失って六年、それでも鷹ノ巣山は登られている。峰谷から、奥多摩湖から、あるいは雲取山からの長い下りの途中で。カヤトの斜面に出て南へ視界が抜けた瞬間に、この山が石尾根の真ん中で果たしてきた役割がわかる。閉じた道と開いた道を出発前に確かめておけば、東京にこれだけの尾根が残っていることのほうが、よほど驚きに値する。