現在進行形の活火山、二つの山頂と外輪山
浅間山は標高2,568m、群馬県嬬恋村と長野県軽井沢町・御代田町・小諸市にまたがる活火山だ。上信越高原国立公園の核心部に位置し、日本の中でも最も活動的な火山のひとつとして気象庁が常時観測を行っている。深田久弥は『日本百名山』で浅間山を取り上げたが、書かれた当時から現在まで、浅間山の山頂は噴火活動による立入規制と解除を繰り返してきた山でもある。
浅間山の地形は、中央火口を持つ釜山(最高点2,568m)の周囲を、前掛山・黒斑山・剣ヶ峰・蛇骨岳・トーミの頭などの古い外輪山が取り囲む二重構造になっている。釜山の中央火口(前掛火口)は常時噴気を上げ、現在の噴火警戒レベルでは火口から半径2km以内が立入禁止となるのが基本。そのため浅間山に「登る」という行為の実際は、噴火警戒レベルに応じて、内輪山の前掛山まで踏むか、あるいは外輪山の黒斑山周回に留めるかが、その日の最新情報で決まる構造になっている。
前掛山ルート、内輪山まで踏む
噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)の状況下では、内輪山の前掛山(2,524m)まで登ることが認められる(条件付き)。標準ルートは天狗温泉浅間山荘(標高1,400m)から林道を進み、不動滝・火山館・湯ノ平口を経て前掛山に至る道。標高差約1,100m、コースタイムで往復7〜8時間の一日コース。中継地点の火山館は気象庁の浅間山観測拠点としても機能しており、有人で休憩・トイレが利用できる。
前掛山の山頂は浅間山火口の外輪に当たる位置で、火口の縁から中央火口(釜山)を眺めることになる。釜山の山頂(最高点)には立入規制がかかっており、現在のレベル1運用下でも釜山山頂は登山禁止。前掛山の山頂が事実上の浅間山登山の最高到達点になる。噴火警戒レベルが「2」に上がると前掛山方面の登山道も閉鎖され、外輪山の黒斑山周回のみに切り替わる。出発前には必ず気象庁の浅間山火山情報と、嬬恋村・小諸市の最新規制状況を確認したい。
黒斑山ルート、外輪山からカルデラを見下ろす
もう一本の主要ルートが、外輪山の黒斑山(2,404m)周回ルートだ。車坂峠(標高1,973m)の高峰高原ビジターセンターを起点に、表コースまたは中コースで黒斑山に登り、蛇骨岳・仙人岳まで稜線を辿り、外輪山の縁から内輪山と釜山火口を一望する。標高差は約430m、コースタイムで5〜6時間。噴火警戒レベルが2以上に上がっても外輪山ルートは登山可能なため、前掛山が閉鎖されている期間でも浅間山の景観を体験できる安全策の登山となる。
黒斑山の山頂とトーミの頭(2,320m)からの眺めは、浅間山外輪山ルート最大の見どころだ。眼下に湯ノ平のカルデラと前掛山、その奥に噴気を上げる釜山火口、左右に蛇骨岳・剣ヶ峰の外輪山稜線、遠景に北アルプス・八ヶ岳・富士山が並ぶ構図は、「火山を内側から眺める」という浅間山ならではの景観になる。前掛山に登ることが目的でない登山者にとっては、むしろ黒斑山周回の方が浅間山という山を視覚的に深く味わえる選択になることが多い。
1783年・天明大噴火、鬼押出しの溶岩原
浅間山の歴史を語るうえで、1783年(天明3年)の大噴火を抜きにすることはできない。約3ヶ月にわたって続いた噴火活動の末、8月5日に大規模なプリニー式噴火が発生し、火砕流と泥流が浅間山北麓を襲った。火砕流は鎌原村(現在の嬬恋村鎌原地区)を直撃し、村民570名のうち477名が死亡、村は壊滅した。噴出した溶岩流は浅間山北麓を3km以上流れ下り、現在「鬼押出し園」として観光地化されている奇岩の溶岩原を形成した。
天明大噴火による降灰は日本各地に及び、その後数年続いた天候不順は天明の大飢饉の一因となった、と現在の研究では考えられている。浅間山の登山道を歩くと、黒斑山周回の表コース・中コースでは天明噴火の火砕流堆積物の上を歩く区間があり、242年前の火山災害の地形がほぼそのまま残っていることを実感できる。浅間山に登るという行為は、現在進行形の活火山に登ることであると同時に、近世日本最大級の火山災害の現場を踏むことでもある。
夏の四ヶ月、噴火警戒レベルと装備
浅間山の時期は、無雪期に関しては概ね6月から10月。7月は梅雨明け後の高山植物の最盛期、8月は最も登山者が多くピーク、9月後半から10月は紅葉が見頃で晴天率が比較的高い。11月以降は降雪が始まり、浅間山は冬山に入る。冬季の前掛山ルート・外輪山ルートはともに本格的な雪山となり、アイゼン・ピッケル等の冬装備が必須になる。気象庁の噴火警戒レベルは通年で2に上がっていた時期もあり、登山計画の前には必ず最新の警戒レベルを確認する必要がある。
浅間山の服装と装備は、2,500m級の長時間行動を前提に組む。前掛山ルートを使う場合は標高差1,100mの長い登りに対応する体力が必要で、ヘルメットの携行が強く推奨される。フリースと防風防水のレインウェアは省けず、シューズはミッドカット以上の登山靴、ザックは日帰りでも20L以上が標準。火山ガス(二酸化硫黄)への対策として、火口に近い区間ではマスクの携行があると安心。登山届の事前提出と、シェルター位置の事前確認は活火山に登る基本動作として徹底したい。
車坂峠と浅間山荘、二つの起点
浅間山のアクセスは二つの起点に分かれる。前掛山ルートの起点は天狗温泉浅間山荘(長野県小諸市)で、JR小海線・しなの鉄道小諸駅からタクシーで約30分。マイカーの場合は浅間山荘の駐車場まで車で入れる。外輪山の黒斑山ルートの起点は車坂峠(長野県東御市)の高峰高原ビジターセンターで、しなの鉄道小諸駅からバスで約60分、標高1,973mまでバスで上がれるため、登山開始地点としては国内でも有数の高所スタートになる。
首都圏からは北陸新幹線で軽井沢駅まで約70分、しなの鉄道で小諸駅まで約20分。マイカーなら関越自動車道藤岡JCT経由で約2時間半。首都圏から最も近い2,500m級の活火山として、軽井沢のリゾート地と組み合わせた週末登山が組めるアクセスの良さが特徴になっている。下山後は天狗温泉浅間山荘の日帰り湯、高峰高原ホテルの温泉、軽井沢の星野温泉などで汗を流す。浅間山の登山は、軽井沢の高原リゾート地から最も近い活火山に登るという、観光と火山地形の対比を一日の中に同居させる山行になる。
黒斑山・トーミの頭から見るご来光は、東に妙義山と上州の山並み、南に八ヶ岳・富士山、西に北アルプス、北に浅間山の噴煙という、本州中部の主要山岳と活火山の景観を一つの構図に収める。高峰高原ホテルに前泊して未明にヘッドランプで車坂峠を出発し、黒斑山で朝を迎える計画は、車で標高1,973mまで上がれるアクセスの良さがあってこそ成立する稀有なプランだ。
火山館、高峰高原ホテル、山小屋という選択肢
浅間山周辺の山小屋・宿泊施設は数が限られている。火山館は前掛山ルートの中継点で、気象庁の浅間山観測拠点を兼ねた有人小屋。宿泊はできないが、休憩・トイレ・水の利用が可能で、火山活動の最新情報を入手できる重要な拠点になっている。外輪山ルート側では車坂峠の高峰高原ホテルとアサマ2000パークホテルが登山口に隣接し、前泊・後泊の選択肢になる。
浅間山は日帰り登山が基本の山であり、稜線上の有人山小屋はない。前掛山ルート・黒斑山ルートともに、一日で登り切るか、登山口の宿泊施設に前泊する形が標準。北アルプスや八ヶ岳の山小屋システムとは設計思想が異なり、「登山と観光の境界にある山」として浅間山は機能している。前掛山ルートを使うなら朝の早い時間に出発し、午後の天候悪化前に下山する計画が定石。外輪山ルートを使うなら、車坂峠で前泊することで、未明の出発と朝の景観を組み合わせた山行が組める。
活火山に登るということ、引き受ける覚悟
浅間山という山は、登山対象であると同時に、現在進行形の自然災害の発生源でもある。気象庁の噴火警戒レベルが2以上に上がれば前掛山ルートは閉鎖され、3以上に上がれば外輪山ルートも含めて広範囲が立入禁止になる。「今日はどこまで登れる山なのか」が常に変動することを引き受けたうえで計画を組む必要がある。レベル1の状況下であっても、火山ガス・突発的な小規模噴火・噴石のリスクは完全にはなくならない。
それでも浅間山は、首都圏から最も近い本格的な活火山として、活きている火山の地形を目の当たりにできる稀な山だ。噴煙を上げる釜山火口、火砕流の堆積した黒い斜面、天明噴火の溶岩原、外輪山が囲むカルデラの構造——これらすべてが「現在」の地形として登山道のすぐ脇にある。浅間山に登るということは、北アルプスや八ヶ岳とは違う種類の山岳体験を引き受けるということだ。それを引き受けたうえで装備と計画を整えるなら、浅間山は他のどの山も提供できない景観と意味を与えてくれる。