八ヶ岳の最高峰、南北に分かれる山域の中心
赤岳は標高2,899m、山梨県北杜市と長野県茅野市の県境にそびえる八ヶ岳連峰の最高峰だ。八ヶ岳は南北約30kmに渡って連なる山域で、夏沢峠を境に南八ヶ岳と北八ヶ岳に大きく分かれる。南八ヶ岳は赤岳・阿弥陀岳(2,805m)・横岳(2,829m)・硫黄岳(2,760m)・権現岳(2,715m)など2,700m級の鋭い岩稜の連なりで、北八ヶ岳は蓼科山・縞枯山・北横岳・天狗岳(2,646m)など穏やかな樹林帯と苔の森が特徴。同じ「八ヶ岳」という名でも、南北で歩く山の性格はまったく違う。
深田久弥は『日本百名山』で八ヶ岳を一山として取り上げ、赤岳をその代表峰と位置づけた。山名の「赤」は山頂部の岩肌が赤褐色を帯びることに由来する。北アルプス・南アルプスから少し離れた首都圏に近い位置に立ち、新宿から特急で2時間半という首都圏から最もアクセスしやすい2,900m峰として、年間を通じて多くの登山者を集める。八ヶ岳に登るという行為は、ほとんどの場合「赤岳に登る」ことを意味する。
美濃戸口から赤岳へ、二本の主要ルート
赤岳ルートの起点は、長野県側の美濃戸口(標高1,490m)にほぼ集約される。美濃戸口から林道を歩いて美濃戸(やまのこ村・赤岳山荘・美濃戸山荘)まで約1時間、そこから二本の道に分かれる。南沢を詰めて行者小屋へ向かう道と、北沢を詰めて赤岳鉱泉へ向かう道がそれで、行者小屋からは地蔵尾根または文三郎尾根で赤岳へ、赤岳鉱泉からは硫黄岳・横岳経由で赤岳へ縦走するライン、というルート選択になる。
最も標準的なのは、美濃戸→南沢→行者小屋→文三郎尾根→赤岳→地蔵尾根→行者小屋→美濃戸口というピストン周回。標高差約1,400m、コースタイムで8〜10時間の一日コース、または行者小屋で一泊する一泊二日が組める。文三郎尾根は階段状に整備された急登が連続する道、地蔵尾根は鎖場と梯子の連続する尾根で、ともに登り下りの両方で使われる。下りで地蔵尾根を取る場合、鎖場の連続で疲労が出やすいため、登りに地蔵・下りに文三郎を選ぶ計画も多い。
山梨県側からは清里・美し森を起点とする真教寺尾根・県界尾根があり、長いが静かな登山が組める。権現岳・編笠山方面からの周回や、阿弥陀岳を絡めた周回など、八ヶ岳南部のルートバリエーションは非常に多い。赤岳のピストンか、阿弥陀岳・横岳・硫黄岳までを含む南八ヶ岳縦走か、どこまでを歩くかでまったく性格の異なる山行が組める。
赤岳・横岳・硫黄岳 — 南八ヶ岳縦走
赤岳から北へ稜線を辿ると、横岳の岩稜帯、硫黄岳の爆裂火口跡という八ヶ岳の主稜線が続く。赤岳→横岳→硫黄岳の縦走は南八ヶ岳の王道ルートで、横岳の岩稜は鎖場と細い岩稜の連続、コマクサ・ウルップソウなどの高山植物群落が稜線を彩る区間でもある。硫黄岳まで進めば、爆裂火口の縁を歩く独特の景観が広がり、赤岳・横岳の岩稜とは違う火山地形の表情に出会う。
標準的な縦走計画は、初日に美濃戸口から行者小屋または赤岳鉱泉まで上がって一泊、二日目に赤岳→横岳→硫黄岳を縦走して赤岳鉱泉へ下り、三日目に美濃戸口まで下山する二泊三日。健脚者は一泊二日で同じ周回を組むこともある。阿弥陀岳まで含めた周回や、権現岳・編笠山方面まで足を伸ばす計画も可能で、南八ヶ岳の稜線は組み方の自由度が高い。
南と北、ふたつの八ヶ岳
八ヶ岳の魅力は、南北で完全に性格が異なる二つの山域を一つの山名のもとに持つことにある。南八ヶ岳は赤岳・横岳・硫黄岳・阿弥陀岳の鋭い岩稜の連なりで、装備も歩き方もアルペン的。一方、北八ヶ岳は蓼科山・北横岳・天狗岳・縞枯山などの穏やかな山が並び、標高2,000〜2,500m台の樹林帯と苔の森が広がる森林山岳の世界だ。北八ヶ岳の坪庭・縞枯山周辺の苔の森は屋久島・大台ヶ原と並んで日本の苔の森の代表として知られる。
南北を分ける夏沢峠を境に植生も地形も大きく変わり、同じ「八ヶ岳」という名のもとで二つの異なる登山体験が成立している。赤岳登山を組むなら南八ヶ岳、家族で苔の森を歩きたいなら北八ヶ岳、両方を縦走するなら北八ヶ岳から南下して赤岳まで歩く三〜四日の縦走、というように、目的に応じて八ヶ岳の中の歩き方を選ぶことになる。八ヶ岳に登るというときの「八ヶ岳」が、人によってまったく違う山を指すのは、この南北の二面性のためだ。
行者小屋、赤岳鉱泉、赤岳天望荘 — 八ヶ岳の山小屋
赤岳周辺の山小屋は、八ヶ岳登山の骨格そのものだ。行者小屋は赤岳・阿弥陀岳の双方への分岐点となる重要な小屋で、テント場としても人気が高い。赤岳鉱泉は北沢経由のルート上にあり、夕食のステーキで知られる、八ヶ岳でも最も大規模な山小屋の一つ。冬季にはアイスキャンディーと呼ばれる人工氷壁が立ち上がり、アイスクライミングのフィールドとしても有名だ。
稜線上の山小屋では、赤岳天望荘が赤岳山頂直下の地蔵尾根の頭にあり、夕焼け・夜空・ご来光を稜線で過ごせる立地として知られる。赤岳頂上山荘はその名の通り赤岳山頂のすぐ脇に建ち、標高2,899mの山頂直下に泊まれる稀有な山小屋として人気が高い。横岳の南面には硫黄岳山荘があり、横岳縦走の中継拠点として機能する。八ヶ岳の山小屋はピーク時の予約が必須で、特に赤岳天望荘・赤岳頂上山荘は数ヶ月前から満室になることが多い。
通年登山の山、冬の八ヶ岳
八ヶ岳の時期は、無雪期登山に関しては概ね6月から10月。山小屋の多くは通年営業またはほぼ通年営業で、冬季登山のフィールドとしても国内屈指の人気を誇る。冬の赤岳は北アルプスの3,000m級と比較して低気圧の通過に伴う荒天の影響を受けにくく、首都圏からのアクセスも容易なため、冬山登山の入門〜中級の対象として多くの登山者が訪れる。ただし冬の赤岳は雪と凍結した岩稜が連続する本格的な雪山で、無雪期登山とは完全に別物の技術領域になる。
無雪期の赤岳の服装と装備は、2,900m級の岩稜帯通過を前提に組む。フリースと防風防水のハードシェルは省けず、シューズはミッドカット以上の登山靴、ザックは日帰りなら25L前後、一泊なら30L以上が標準。地蔵尾根・文三郎尾根の鎖場通過時はヘルメットの携行が強く推奨される。夏でも稜線の朝晩は5〜10℃まで下がるため、薄手のダウンか厚手のフリースを予備に持っておきたい。雷雨のリスクが高い午後に稜線にいることは避け、行者小屋・赤岳天望荘から早朝に出発する計画が定石になる。
赤岳山頂から見る朝の景色は、八ヶ岳に登る最大の理由のひとつになる。東に金峰山・瑞牆山、南に富士山と南アルプス、西に中央アルプス・北アルプス、北に蓼科山と続く北八ヶ岳という、本州中部のほぼすべての主要山岳が視界に入る。赤岳天望荘または赤岳頂上山荘に泊まれば、夕焼け・夜空・ご来光の三つの時間帯を山頂で過ごせる。新月期の夏の夜は天の川が稜線の上に鮮明に流れる。
小淵沢、茅野からのアクセス、首都圏に最も近い2,900m
赤岳のアクセスは、JR中央本線小淵沢駅または茅野駅からタクシーまたはバスで美濃戸口まで約30分。マイカーの場合は美濃戸口の駐車場まで車で入れる。さらに林道を進んで美濃戸(やまのこ村・赤岳山荘)まで車で入ることもできるが、林道は荒れていて四輪駆動車推奨。美濃戸口から美濃戸までは徒歩で約1時間の林道歩きが追加になるが、これも含めて赤岳登山の一部として歩く登山者は多い。山梨県側からは清里駅・甲斐大泉駅からタクシーで美し森・サンメドウズ清里スキー場へ、そこから真教寺尾根・県界尾根を登る。
首都圏からは新宿駅から特急あずさで小淵沢駅まで約2時間、茅野駅まで約2時間半。マイカーなら中央自動車道小淵沢ICまたは諏訪ICから30分。首都圏から最も近い2,900m級の山として、週末の一泊二日で十分に登り切れるアクセスの良さが、八ヶ岳・赤岳の人気を支える最大の要因になっている。下山後は小淵沢の温泉、茅野の蓼科温泉郷、清里の高原リゾート地で汗を流して帰路につく。北アルプスのような長大な縦走は組めないが、その代わりに「土曜の朝に出発して日曜の夕方に帰る」という最も現実的な週末登山として、八ヶ岳・赤岳は長く愛されてきた山だ。