大雪山系の中心、最も遠い百名山
トムラウシ山は北海道中央部、大雪山国立公園の中央に位置する標高2,141mの山で、深田久弥が日本百名山に選定した一座である。「最も遠い百名山」と呼ばれることが多く、これは登山口までの林道の長さと、大雪山系の縦走の中心に位置するため、本格的な登山者でも数日を要する山域の核心にあることに由来する。山名はアイヌ語の「トマウㇱ・イ(水草の生えるところ)」が起源とされ、山頂直下の南沼周辺の池塘群がこの名前の由来をいまも示している。トムラウシは大雪山系のなかでも飛び抜けて多くの登山者を引き寄せる山で、「日本の屋根」のような景観の中心として、本州の3,000m峰を歩く登山者にも別格の評価を受ける。
短縮登山口、日帰りという選択肢
トムラウシ山の登り口は主に二つの方向に分かれる。南側からの短縮登山口(トムラウシ温泉短縮コース)は新得町側の林道終点(標高約1,180m)を起点とし、登り約6時間、下り約5時間。標高差約960m、距離片道約9kmで日帰り可能だが、コースタイム合計11時間以上は本州の3,000m峰の長丁場と同等の負担になる。林道は雨後の崩落や通行止めが起こりやすく、出発前に新得町役場・大雪山国立公園のアクセス情報を確認するのが必須だ。
北側からは大雪山縦走の延長として歩くのが本筋で、旭岳ロープウェイの姿見駅から白雲岳避難小屋・忠別岳・五色岳を経由するルートは2泊3日、層雲峡の黒岳ロープウェイから北鎮岳を経由するルートは3泊4日のロング縦走となる。「短縮で日帰り」と「縦走で数日かけて」では、出会うトムラウシは別の山と言える。
トムラウシ山アクセスと帯広・旭川の距離
トムラウシ山アクセスは、新千歳空港または旭川空港・帯広空港を起点に整理できる。短縮登山口を使う場合は、JR根室本線の新得駅からタクシーまたはレンタカーでトムラウシ温泉まで約1時間、さらに林道を進んで短縮登山口まで30分。公共交通機関で登山口に直行する手段は事実上ないため、レンタカーかタクシーが前提になる。
縦走で入る場合は、旭岳ロープウェイ姿見駅または黒岳ロープウェイ層雲峡を起点とし、下山はトムラウシ温泉へ。下山口と入山口が異なるため、車を回す手配(タクシーまたは下山口でのレンタカー)が必要になる。前泊はトムラウシ温泉「東大雪荘」が圧倒的に便利で、登山者向けの料金体系と早朝出発に対応した朝食提供がある。トムラウシ温泉は登山と組み合わせて使える数少ない深奥部の宿で、登山口からの距離・温泉の質ともに北海道の山岳温泉のなかで指折りだ。
2009年7月、トムラウシ遭難事件
トムラウシ山の名を、登山界の外にも広く知らせたのが2009年7月16日のトムラウシ山遭難事故だ。ツアー登山の参加者15名と添乗員1名が大雪山縦走でヒサゴ沼避難小屋からトムラウシ山頂を越えて下山する途中、強風と低温の悪天候に遭遇し、9名が低体温症で命を落とした。日本の夏山登山史上、最大規模の遭難事件である。事故報告書は気象判断・パーティー編成・装備・引率体制など複数の要因を指摘しており、「夏山なのに低体温症で死ぬ」という現実が、それ以降の夏山登山の判断材料を変えた事件として扱われている。
トムラウシは緯度43度、標高2,141m。海抜0m近くから昇り、稜線上は遮るものがない高層湿原で、突然の悪天候時には風雨と低温が直接登山者を襲う構造になっている。夏でも雨に濡れて風に当たれば低体温症は起きるという事実は、トムラウシに登る前に頭に入れておくべき、この山の最も重要な特徴のひとつだ。
トムラウシの装備と服装、季節
トムラウシの装備は、本州の3,000m峰と同等以上の前提で組む。夏でも稜線の気温は10℃前後、強風時の体感は氷点下に届くこともある。化繊またはメリノの長袖(綿は絶対に避ける)、フリースか化繊インサレーション中間着、防水透湿のレインジャケットとレインパンツ、防水手袋、ニット帽。雨に濡れても保温性を失わない化繊インサレーションを1枚ザックに入れておくことが、トムラウシ登山では命に関わる装備判断になる。
トムラウシ山の時期は7月上旬から9月下旬まで。最盛期は7月から8月で、稜線上の高山植物(チングルマ、エゾノツガザクラ、コマクサ、エゾコザクラ)が一斉に花期を迎える。9月中旬から下旬の紅葉は日本で最も早く、ナナカマドとダケカンバが標高2,000mから麓へと色を下ろしていく構図は、トムラウシ縦走の名物として知られる。トムラウシ山の服装は、季節ではなく天候によって組むのが現実的で、登山口の麓で快晴でも、稜線で吹雪に遭う可能性を念頭に置く。靴はくるぶしを覆うトレッキングシューズが必須で、本格的な縦走では防水性能の高い厚手のブーツを選ぶ。水場は南沼キャンプ指定地、ヒサゴ沼など限られるため、ルートと水場の位置関係を事前に把握しておきたい。
ヒグマ目撃情報は大雪山系全体で頻繁に報告される。トムラウシ周辺はヒグマの行動圏のなかにあり、登山道で遭遇する事例も毎年複数件報告されている。熊鈴・熊スプレー・フードキャニスターは「あれば安心」ではなく「無いと危険」と理解しておく。テント泊する場合の食料は、南沼キャンプ指定地のフードロッカーに必ず預ける。
トムラウシ山頂、日本庭園と岩塊の世界
短縮登山口から登る場合、序盤の樹林帯を抜けて前トム平、コマドリ沢分岐を経て前トム平、トムラウシ公園へと進む。トムラウシ公園は標高1,800mのカール状の平原で、池塘と岩塊と高山植物が組み合わさった景観は、「日本庭園のような」と形容される大雪山系の代表的な風景になっている。ここから南沼を経由して山頂までは岩塊の積み重なる急登が約1時間続く。
山頂は10m四方ほどの岩塊で、北東に旭岳と忠別岳、北西に大雪山系の主稜、南東に十勝連峰、南西に夕張山地、晴れていれば遥か南東に日高山脈までを一望できる。「北海道の屋根」の中心から見える地形は、本州の3,000m峰から見える景色とは異質のスケール感を持つ。下山後はトムラウシ温泉「東大雪荘」でじっくりと汗を流す。次に大雪山系の山を続けるなら、旭岳・忠別岳・十勝岳がいずれも自然な選択肢になる。トムラウシに登り終えた登山者は、「百名山として遠い山」という言葉の意味を、地理的にも体力的にも自分の体で理解した状態で家路に着くことになる。