那須連山という三つの顔
那須岳という名前は、単独の山名ではなく、栃木県と福島県の県境に並ぶ那須連山の総称である。中心となるのは茶臼岳(1,915m)・朝日岳(1,896m)・三本槍岳(1,917m)の三峰で、最高点は最北の三本槍岳。深田久弥の日本百名山ではこの三本槍岳を「那須岳」として扱い、登山対象としての連峰の総称とされる。茶臼岳は気象庁の常時観測対象となる現役の活火山で、煙を上げる火口、朝日岳の岩稜、三本槍岳の穏やかな笹原と、一つの山域のなかに性格の異なる三つの稜線が並ぶのが那須岳の最大の特徴になっている。
那須ロープウェイから始まる那須岳ルート
那須岳ルートは、那須高原側の那須ロープウェイ(山麓駅・那須温泉郷、標高1,390m)を起点にするのが主流だ。ロープウェイで山頂駅(標高1,690m)まで4分、ここから茶臼岳の山頂までは登り約40分。茶臼岳のみを目指す場合、ロープウェイ往復で日帰り3時間ほどの行程で済むため、登山初心者・観光延長の登山者に人気が高い。
より歩き応えのある登山者は、茶臼岳→峰の茶屋避難小屋→朝日岳→清水平→三本槍岳の縦走を組む。コースタイムは往復で約6時間、距離約9km。三本槍岳まで足を伸ばすことで那須岳の百名山としての「最高点」を踏むことになり、栃木と福島の県境を実際に跨ぐ体験ができる。ロープウェイを使わず峠の茶屋登山口(標高1,460m)から徒歩で登ることも可能で、その場合は登り約2時間で茶臼岳に到達できる。
那須岳アクセスと御用邸の街
那須岳アクセスは、東北新幹線の那須塩原駅を起点に整理できる。東京から那須塩原駅まで約1時間15分、駅から関東バスで那須ロープウェイ山麓駅まで約1時間20分。登山者の朝の動きとしては、上野7時台の新幹線で出発すれば10時にはロープウェイに乗れる。
那須は皇室の御用邸が置かれる高原リゾートで、温泉郷・観光牧場・スイーツ店が集まる「観光地としての那須」と、活火山と縦走を抱える「登山対象としての那須岳」が同じエリアに同居している。前泊なら那須温泉郷の宿、後泊なら板室温泉・大丸温泉が選択肢になる。マイカーの場合は東北自動車道・那須ICから30分でロープウェイ山麓駅または峠の茶屋駐車場に到達でき、いずれも紅葉期と週末は7時台で混雑する。
茶臼岳の火口、朝日岳の鎖場
茶臼岳の山頂(1,915m)はお鉢めぐりが可能で、一周約30分。火口縁から見下ろす中央火口は今も水蒸気を上げており、山頂直下の「火口の壁」と呼ばれる断崖から硫黄ガスが立ち上る瞬間を間近で見られる。気象庁は那須岳を常時観測火山に指定しており、噴火警戒レベル1(活火山であることに留意)が通常の状態で、レベル変動時には茶臼岳直下の登山道に立入規制が出る。
朝日岳(1,896m)は茶臼岳と性格が全く異なる、剣岳のような細い岩稜の峰だ。峰の茶屋避難小屋から朝日岳への登りには短い鎖場と切り立った岩稜の通過が連続し、特に下りで足元の集中が要る。風が強い日には朝日岳のピーク踏破を見送り、三本槍岳に向かう判断も持っておきたい。三本槍岳(1,917m)は朝日岳から北へ約1時間半、清水平の湿原を経由する穏やかな笹原の道で、那須岳のなかで最も静かな峰として知られる。
那須岳の装備と服装、季節
那須岳の装備は、標高1,900m台の活火山と縦走路を歩く前提で組む。夏でも山頂気温は15℃前後、強風時の体感は10℃を切る。化繊またはメリノの長袖、薄手のフリースかウィンドシェル、防水透湿のレインジャケット、薄手の手袋までを基本セットとする。靴はくるぶしを覆うトレッキングシューズが必須で、朝日岳の岩稜帯と三本槍岳までの長い縦走を考えると、運動靴では明らかに役不足になる。
那須岳の服装は、季節幅を持たせる。那須岳の時期は4月下旬から11月上旬まで、最盛期は5月のシロヤシオ・ミネザクラ、9月下旬から10月中旬の紅葉の二回ある。10月初旬のナナカマド・ダケカンバの紅葉は那須岳の年間最大のピークで、登山道もロープウェイも大混雑する。11月以降は積雪と凍結が混在し、ロープウェイは冬季運休、登山は雪山として扱う。水場は登山道上にないため、最低1.5Lを担ぐ。火山ガスの強い日には湿らせたバンダナを口元に当てる準備をしておきたい。
峰の茶屋避難小屋は無人だが、強風時の風避けと雷雨時の緊急避難場所として重要な施設だ。那須岳は強風で知られる山域で、過去には突風による滑落事故も発生している。気象情報を出発前に必ず確認し、稜線で風速15m/sを超える予報が出ているなら、計画を見送る判断を持ちたい。
三本槍岳の山頂、そして三県の眺望
三本槍岳の山頂は広い笹原の平頂で、栃木・福島・新潟(や山形)の三県境に近い位置にある。「三本槍」の名は、江戸時代に会津藩・白河藩・那須藩がそれぞれ槍を立てて領地を確認した故事に由来すると伝わる。山頂からは、北に磐梯山と安達太良山、北西に飯豊連峰、東に奥日光の山々、南東に高原山と男体山、晴れていれば西に尾瀬の燧ヶ岳までを見渡せる。東北南部と関東北部の境界が、視覚的に理解できる位置に三本槍岳は立っている。
下山後の温泉は那須温泉郷の鹿の湯(白濁の硫黄泉)、大丸温泉、板室温泉が選ばれる。次に栃木・福島の百名山を続けるなら、北西に磐梯山、北東に安達太良山、南に日光白根山・男体山が自然な選択肢になる。那須岳に登り終えた後、那須塩原駅から東京に戻る車窓から振り返ると、茶臼岳の煙が、いま自分が立っていたあの火口の蒸気だったことが、別の重みで見えてくる。