火打山という山
火打山は新潟県妙高市と糸魚川市の境に立つ標高2,462mの山で、妙高山・焼山と並んで頸城(くびき)三山と呼ばれる三座のうち最高峰である。妙高戸隠連山国立公園の中心をなし、深田久弥の日本百名山にも選ばれている。山名は古くは「燧岳」とも書かれ、火打石(石英岩・チャート)が産出したことに由来するとの説が有力だが、火山性のとがった山容そのものに「火打」という形容詞をあてたとする説もある。
火打山自体は火山ではないが、北側に隣り合う焼山は今も活火山で、南西の妙高山と合わせて、この三山は新生代第四紀の火山活動が作り出した一連の山並みである。山頂部の緩やかな草原と、笹ヶ峰側に広がる高層湿原は、火山が削り出した平坦地に氷期の植生が残ったことで生まれた、火打山ならではの景観だ。
笹ヶ峰から高谷池へ、一泊二日の標準ルート
火打山の登山ルートはほぼ一本に絞られる。新潟県妙高市の笹ヶ峰登山口(標高1,300m)から黒沢橋・十二曲がりを経て富士見平に上がり、そこから高谷池ヒュッテに進むのが定番。健脚なら日帰り(標準コースタイム往復9時間)も可能だが、高谷池の景色を味わうなら一泊二日が王道である。
1日目は笹ヶ峰から高谷池ヒュッテまで4時間ほど。日が高いうちにヒュッテに入り、夕方に天狗ノ庭まで散歩する組み立てが多い。2日目に高谷池から火打山山頂を往復し、その足で黒沢池ヒュッテに移動して妙高山と組み合わせる縦走計画も人気だ。富士見平の分岐から黒沢池に下ると、妙高山外輪山と続く稜線に出る。
もう一つ古典的なのが、笹ヶ峰の反対側にある燕温泉ルートから妙高山経由で火打山を踏む縦走で、こちらは妙高山の急登が前菜として加わる本格コースになる。火打山のアクセスは、北陸新幹線上越妙高駅または妙高高原駅からタクシーで笹ヶ峰へ40〜60分。マイカーの場合は笹ヶ峰グリーンハウスに大駐車場があり、紅葉期は朝6時で満車になる日がある。
高谷池と天狗ノ庭、逆さ火打の風景
火打山の登山が他の北信五岳と決定的に違うのが、高谷池(こうやいけ)と天狗ノ庭という二つの高層湿原を抱えていることだ。標高約2,100mの高谷池ヒュッテはその名のとおり高谷池のほとりに建ち、ヒュッテのテラスから見上げる火打山の三角錐が、池面に映り込む「逆さ火打」の構図で全国に知られる。
高谷池から山頂方向に20分ほど登った先にある天狗ノ庭は、池塘(ちとう)が点在する湿原で、こちらは高谷池とまったく違う植生を見せる。早朝の風のない時間帯、池塘の水面に火打山が完全に映り込む瞬間があり、写真愛好家は前夜にヒュッテに泊まる。
ハクサンコザクラと、ライチョウの南限
高谷池と天狗ノ庭の周辺は、ハクサンコザクラの群落地として日本でも屈指の規模を誇る。例年7月中旬から8月初旬にかけてピンクの花が湿原を覆い、ニッコウキスゲ、ワタスゲ、コバイケイソウと入れ替わりに季節を作る。北アルプスの花の名峰に比べて知名度は控えめだが、高山植物相の厚みは火打山のほうが上だと言う人もいる。
火打山はもう一つ、自然史的に重要な意味を持つ。火打山の稜線一帯は、ライチョウ(特別天然記念物)の生息地として日本における南限に位置する。一時は絶滅が懸念されたが、近年の調査で繁殖の再確認が続き、登山者にも稜線上での目撃情報が増えてきた。火打山山頂直下のハイマツ帯と高谷池側のササ帯が、彼らにとってわずかに残る最後の生息環境であることを意識して歩きたい。
装備と心構え、初心者向けと侮らない準備
火打山は登山道がよく整備され、岩稜帯や鎖場がほぼないため、北アルプスや南アルプスの百名山に比べて登りやすい山として紹介される。それは正しい一方で、標高2,462mの山頂は麓の新井市街より気温が12〜15℃低く、稜線では雷の発生も多いことは忘れてはいけない。
火打山の服装は、夏でも長袖長ズボン、フリースと風を切るシェル、雨具上下が基本セット。日帰り装備のヘッドランプは予備電池とセットで携行する。雪は6月中旬まで稜線部に残り、十二曲がりから富士見平への斜面はトラバースで滑落の例が毎年ある。本格シーズンは7月中旬の山開き以降と考えてよい。
雷雨対策として、火打山の登山では午後1時には山頂を踏み終え、午後2時にはヒュッテに戻る計画を組むのが基本だ。高谷池ヒュッテと黒沢池ヒュッテは予約制で、ピーク期の週末は満室になりやすい。テント泊は高谷池ヒュッテ前のテント場で可能だが、湿原保護のため指定地以外への張幕は固く禁じられている。
山頂からの眺めと、頸城三山の縦走
火打山の頂は、頸城三山らしい広く緩やかなドームで、岩稜のとがった山頂とはまったく異なる。山頂からは北東に焼山、南東に妙高山、東に苗場山と谷川連峰、西に北アルプスの白馬連峰、北に日本海。海と山岳を同時に見渡せるのは、北信エリアの山ならではの眺めである。
火打山の時期選びは、山開き直後の7月中旬から8月初旬がハクサンコザクラのピーク、9月下旬から10月初旬が紅葉のピーク。特に高谷池周辺の紅葉は、ナナカマドの赤とダケカンバの黄が湿原の緑に重なり、関東甲信エリアの紅葉登山の中でも屈指の人気を集める。10月中旬以降は降雪と寒気でヒュッテも閉まり、本格的な登山シーズンは終わる。
もう一歩踏み込みたい人には、火打山と妙高山を一度に踏む頸城三山縦走を勧めたい。火打山から黒沢池に下り、妙高山外輪山を経て妙高山本峰、燕温泉に下りる二泊三日のコースは、北信の山岳信仰と火山地形の両方を一度に体感できる。火打山だけを踏んで帰るのは、半分しか歩いていないという見方もできる山である。