北上山地最高峰、蛇紋岩の独立峰
早池峰山は標高1,917m、岩手県花巻市・遠野市・宮古市にまたがる北上山地の最高峰として知られる独立峰だ。早池峰国定公園の核心部に位置し、北上山地の中央付近に独立してそびえる地形を持つ。深田久弥は『日本百名山』で早池峰山を取り上げ、北上山地という独特の地質域の代表峰として、また固有の高山植物相を持つ山として位置づけた。山名の「早池峰」は山頂部にあるとされる池に由来するとも、神事の「祓い」の音に由来するとも言われる。
早池峰山の最大の特徴は、山体を構成する蛇紋岩(じゃもんがん)という独特の地質だ。蛇紋岩は緑黒色の縞模様を持つ変成岩で、植物にとっては成育条件の厳しい土壌を作る。この厳しい環境に適応した結果、早池峰山には他の山では見られない独自の高山植物群落が形成された。「ハヤチネウスユキソウ」は早池峰山の固有種で、ヨーロッパアルプスのエーデルワイスの近縁種として植物学的にも貴重な存在だ。
小田越と河原坊、山頂までの二本の道
早池峰山ルートは主に二本ある。最も標準的なのが小田越(おだごえ、標高1,260m)を起点とするルートで、稜線伝いに登るため景観が開け、歩きやすい。標高差約660m、コースタイムで往復5〜6時間。一合目から山頂までは岩場の混じる登りが続き、山頂直下には鉄梯子と鎖場が連続する。もう一本が河原坊(かわらのぼう、標高1,030m)ルートで、こちらは沢沿いの急登が連続する険しい道だったが、2016年の崩落以降は当面の登山道整備が進まず、現在も通行が限定的になっている。
標準的な計画は小田越からのピストン日帰り。健脚者は河原坊から登って小田越に下る周回も可能だったが、河原坊ルートの現状については出発前に岩手県・花巻市・遠野市の最新情報を確認したい。山頂部には早池峰神社の祠が立ち、宗教的な登拝の場としても機能している。山頂からの眺望は、東に北上山地の稜線と太平洋、西に奥羽山脈と岩手山、南に北上盆地、北に岩泉・宮古方面という、岩手県の中央に立つ独立峰ならではの広大な構図になる。
ハヤチネウスユキソウ、固有の植物相
早池峰山が植物学的に重要なのは、蛇紋岩土壌に適応した独自の高山植物相を持つためだ。ハヤチネウスユキソウ(早池峰薄雪草)は早池峰山と隣の薬師岳のみに自生する固有種で、ヨーロッパのエーデルワイスに近い形態を持つ。他にもナンブイヌナズナ、ナンブトウウチソウ、ハヤチネブシなど、早池峰山と北上山地の名を冠する固有植物が多数存在し、「早池峰山植物群落」として国の特別天然記念物に指定されている。
高山植物の開花期は6月下旬から7月下旬で、この時期に早池峰山を目的に訪れる登山者と植物愛好家が集中する。シーズン中は登山口(小田越)でマイカー規制が敷かれ、岳・河原坊からのシャトルバス利用が義務付けられる(例年6月第2週から8月第1週)。植物保護のため、登山道から外れることは厳禁。早池峰山に登るという行為は、日本の高山植物の固有種が最も集中する山域の一つを歩くことであり、その保護への協力が登山者に求められている。
山頂避難小屋と季節
早池峰山の山頂直下には早池峰山頂避難小屋があり、寝具・食事の提供はないが、悪天候時の退避場所・宿泊として機能する。基本的に早池峰山は日帰り登山が可能な山で、有人山小屋は登山口の岳集落周辺の宿泊施設に集約される。岳駐車場周辺の民宿・宿坊が前夜泊・後泊の拠点となる。
早池峰山の時期は、無雪期に関しては概ね6月初旬から10月下旬。6月下旬から7月の高山植物開花期、9月後半から10月初旬の紅葉期が主要シーズン。冬季の早池峰山は雪山登山の領域となり、本格的な雪山装備が必要。装備は、無雪期でもフリースと防風防水のレインウェアは省けず、シューズはミッドカット以上の登山靴。山頂直下の鉄梯子・鎖場ではヘルメットの携行が推奨される。
早池峰山の山頂から見るご来光は、東に太平洋と三陸海岸、西に岩手山と八幡平、南に北上山地南部、北に岩泉・宮古方面という、岩手県の中央独立峰ならではの構図になる。新月期の夏の夜は、岩手県の暗さと標高1,900mの稜線が組み合わさり、東北北部でも有数の星空観望地として知られる。岳集落の宿に前泊して未明から登り始めれば、山頂で朝を迎える計画も組める。
新花巻駅、岳、小田越 — アクセス
早池峰山のアクセスは、JR東北新幹線新花巻駅または岩手花巻駅から岩手県交通バス・早池峰線で岳まで約75分、そこから登山シーズンの土日祝はシャトルバスで小田越まで約30分。シーズン中の小田越はマイカー規制で、岳駐車場でシャトルバスに乗り換える形になる。マイカーで小田越まで入れるのはシーズン外の平日のみ。
首都圏からは東北新幹線で新花巻駅まで約2時間40分。マイカーなら東北自動車道花巻ICから約1時間で岳。首都圏から半日で岩手県中央部にアクセスできる立地が、首都圏の植物愛好家・登山者に早池峰山を選ばれる理由の一つになっている。下山後は花巻温泉郷、遠野の温泉などで汗を流して帰路につく。早池峰山に登るという行為は、北上山地最高峰を踏むことであり、日本の高山植物固有種の宝庫を歩くことでもある、岩手ならではの密度を持つ一日になる。