岩手県

八幡平

八幡平(はちまんたい)

画像:Wikipedia(CC BY-SA)

車で1,540mまで上がれて、1時間で山頂を周回できる。最も歩く距離の短い百名山が抱える、湿原と火口湖と雪の高原の世界。

歩く距離が最も短い百名山

八幡平は岩手県八幡平市と秋田県仙北市・鹿角市にまたがる標高1,613mの山塊で、深田久弥の日本百名山のひとつである。「山塊」と書いたのは、八幡平が単独峰ではなく、東西30kmにわたる広大な高原台地の総称だからだ。最高点(八幡平山頂)は1,613mの平坦な台地の一角にあり、明確な山頂感はない。「最も歩く距離の短い百名山」という呼び名がそのまま当てはまり、山頂レストハウス(標高1,540m)から山頂までは片道15分・標高差70mという、山岳に登る感覚とは別次元の構成になっている。

アスピーテラインと樹海ライン

八幡平に車で上がる手段は2本の山岳道路にある。岩手県側からの八幡平アスピーテライン(県道23号)は、八幡平市の松尾八幡平駅周辺から山頂レストハウスを経由して秋田県側に抜ける全長27kmの観光道路で、毎年4月中旬の開通時の「雪の回廊」は東北観光の名物のひとつになっている。秋田県側からの樹海ラインは八幡平アスピーテラインと山頂レストハウスで合流する。

両道路は11月初旬から4月中旬まで冬季閉鎖されるため、登山可能なシーズンは4月下旬から10月末までとほぼ重なる。開通直後の4月下旬から5月中旬はまだ雪の回廊が残り、6月以降は本格的な湿原と高山植物の季節に入る。山頂レストハウス周辺には岩手県側の見返峠駐車場、秋田県側のアスピーテライン駐車場があり、いずれも無料・台数十分。マイカー以外では、JR盛岡駅・田沢湖駅から夏季限定の路線バスでアクセス可能だが、運行日数が少ないため事前確認が必須となる。

八幡平ルート、定番の周回コース

八幡平ルートで圧倒的に選ばれるのは、見返峠駐車場・山頂レストハウスを起点とする山頂周回コースだ。山頂レストハウスからガマ沼分岐、八幡沼の遊歩道、源太森を経由して八幡平山頂を踏み、見返峠に戻る周回で、距離約3.5km、コースタイム約1時間半。全行程の8割が木道という、関東以北の登山対象としては破格に歩きやすい構成だ。

より歩き応えのある縦走としては、八幡平→源太森→茶臼岳→恵比寿森の縦走路(片道約3時間半)や、八幡平山頂から南東へ伸びる縦走で岩手山との接続も可能。岩手山と八幡平を縦走する「八幡平〜岩手山縦走」は2泊3日のロングコースで、東北の縦走経験の入門として知られている。一日で完結させたい場合は山頂周回、もう少し歩きたい場合は茶臼岳片道、本格縦走は源太森・大深岳・岩手山と続けるという、目的別の階段がここに用意されている。

湿原、八幡沼、ガマ沼

八幡平の魅力の本体は山頂ではなく、台地の上に点在する火口湖と湿原にある。八幡沼は周囲1.5km・最深部30mの大きな火口湖で、湖畔の遊歩道からは八幡平の最も広い視界が開ける。湖畔には陵雲荘という無人の避難小屋もある。ガマ沼は山頂レストハウスから至近の小さな火口湖で、周囲を高山植物が囲む。源太森周辺には三ツ石湿原・茶臼湿原・松川湿原などの大小の湿原が点在し、ニッコウキスゲ・ワタスゲ・ミズバショウの群生地となっている。

湿原の保護のため、登山道のほとんどに木道が敷設されている。木道は雨後と早朝の露で滑りやすくなるため、ゴム底のトレッキングシューズが望ましく、運動靴で歩く観光客が事故を起こすこともある。木道から外れて湿原に踏み込むことは、生態系の保護の観点から厳しく禁じられている。

八幡平の装備と服装、季節

八幡平の装備は、標高1,613mの東北の高原台地を歩く前提で組む。夏でも気温は15℃前後、強風時の体感は10℃を切る。化繊またはメリノの長袖、薄手のフリースかウィンドシェル、防水透湿のレインジャケットを基本セットとする。靴はくるぶしを覆うトレッキングシューズが望ましく、特に縦走路(源太森方面)に入る場合は岩混じりの道もあるため、運動靴では役不足になる。

八幡平の服装は、季節の幅を持たせる。八幡平の時期は4月下旬から10月末まで。4月下旬から5月上旬は雪の回廊と残雪、6月から7月はミズバショウとニッコウキスゲ、8月から9月は高山植物の最盛期、9月下旬から10月上旬の紅葉が八幡平の年間最大のピークになる。ダケカンバ・ナナカマド・カエデが台地全体を染め、湿原のススキと組み合わさる構図は、東北の百名山のなかでも指折りの紅葉地として知られている。10月中旬には初冠雪、11月以降はアスピーテライン冬季閉鎖。水場は山頂レストハウスの飲料水、八幡沼湖畔の陵雲荘付近の水場があり、本格的な縦走以外では補給に困らない。

八幡平の南東側、藤七温泉・松川温泉・後生掛温泉・玉川温泉といった温泉郷は、いずれも八幡平の火山活動を熱源とする源泉で、登山と組み合わせて使える。特に藤七温泉「彩雲荘」(標高1,400m)は、東北で最も標高の高い温泉宿として知られ、八幡平山頂周回の起点としても便利な立地にある。

山頂、そして雲海と岩手山

八幡平山頂は10m四方ほどの木道で囲まれた小さな展望台で、木製の展望デッキが立つ。最高点(1,613m)の標識は地味で、写真映えは決して良くない。だが視界は驚くほど広く、南東に岩手山、北東に七時雨山、北西に森吉山と田代岳、西に秋田駒ヶ岳、南西に鳥海山までを一望できる、東北の縦走入口として最適な位置にある。雲海が広がる早朝には、岩手山だけが雲の上に浮かぶ構図が見られる。

下山後の温泉は藤七温泉・松川温泉・後生掛温泉のいずれかが選ばれる。次に東北北部の百名山を続けるなら、南東に岩手山、南西に秋田駒ヶ岳、西に岩手山と並ぶ早池峰山が自然な選択肢になる。八幡平は「歩く距離の短い百名山」だが、東北の山々を見渡すための観察台として、これほど効率の良い位置取りの山もない。

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