会津富士、そして山体崩壊の記憶
磐梯山は福島県会津地方の中央にそびえる標高1,816mの活火山で、磐梯朝日国立公園の主峰のひとつである。猪苗代湖を南に従えた円錐形の姿から「会津富士」と呼ばれ、深田久弥は日本百名山のなかで「東北の山々の盟主」と評している。だが磐梯山の真の特徴は、1888年7月15日の山体崩壊と岩屑なだれにある。北側の小磐梯と呼ばれる旧ピークが大規模な水蒸気爆発で崩壊し、麓の集落を岩屑なだれが襲って477人が犠牲となった。この崩壊で生じた巨大な岩屑が長瀬川を堰き止め、桧原湖・小野川湖・秋元湖・五色沼といった現在の裏磐梯の湖沼群が形成された。登る前にこの事実を頭に入れておくと、登山中に見る荒々しい北壁と穏やかな南面の対比が、別の重みで見えてくる。
磐梯山ルートと選び方
磐梯山ルートは主に4本ある。最も使われるのは八方台コース(猪苗代側、八方台駐車場発、標高1,194m)で、登り約2時間、下り約1時間40分。標高差約600mと最短で、初心者の入門路として圧倒的に選ばれる。中の湯跡を経由して弘法清水まで樹林帯を歩き、最後の1時間で森林限界を抜けて山頂へ至る構成だ。
南西側の翁島コース(翁島駅・磐梯山登山口、標高約740m)は登り約4時間、下り約3時間。標高差約1,000mと本格的で、磐梯山の最も古い登拝路として続いてきた。北側の裏磐梯コース(噴火口コース)は桧原湖畔から登り約4時間半。1888年の山体崩壊跡を真下から見上げながら歩く構成で、地質的な迫力では随一だが、雪解け直後と雨後は崩壊地通過で慎重を要する。さらに東側からは川上温泉コースもあり、合計4本のルートが磐梯山ルートの選択肢として成立する。
磐梯山アクセスと猪苗代の駅
磐梯山アクセスは、JR磐越西線の猪苗代駅を中心に整理できる。東京から東北新幹線で郡山駅、磐越西線に乗り換えて猪苗代駅まで約2時間30分。八方台コースを使う場合は、猪苗代駅から会津バスで「八方台」バス停まで約40分(夏季・紅葉期の登山シーズン限定運行)。バスの運行期間外と週末以外はタクシーまたはマイカーになる。
マイカーの場合、磐越自動車道の磐梯河東ICまたは猪苗代磐梯高原ICから八方台駐車場まで20〜30分。八方台駐車場は無料・約100台だが、紅葉期の週末には朝7時前に満車になる。裏磐梯コースを使う場合は桧原湖畔の銅沼登山口、翁島コースを使う場合は翁島駅近くの駐車場が起点となる。前泊なら裏磐梯または猪苗代湖畔の温泉宿が、登山口へのアプローチと宿の選択肢のバランスで最も使いやすい。
山頂直下、弘法清水と森林限界
八方台コースの中盤、中の湯跡を過ぎて弘法清水(標高1,640m)に到着すると、視界が一気に開ける。ここには弘法清水小屋と岡部小屋の2軒の山小屋があり、夏季は名物のなめこ汁が供される。冷たい湧水で喉を潤しながら、最後の1時間の登りに備える場所だ。弘法清水から山頂までは、火山礫の急斜面を一気に登るルートで、最後の30分はやや手も使う場面が出る。
山頂は東西に細長い岩塊で、北側に視界が大きく開ける。1888年の崩壊跡が真下に広がり、その向こうに桧原湖・小野川湖・秋元湖の三つの湖が並ぶ。南側には猪苗代湖と会津盆地、晴れていれば遠くに飯豊連峰と吾妻連峰までを見渡せる。崩壊地と湖沼群が同じ視界に入る、地質の教科書のような山頂は、東日本の百名山のなかでも磐梯山にしかない景観だ。
磐梯山の装備と服装、季節
磐梯山の装備は、標高1,816mの東北の独立峰を歩く前提で組む。夏でも山頂気温は15℃前後、強風時の体感は10℃を切る。化繊またはメリノの長袖、フリースか化繊インサレーション中間着、防水透湿のレインジャケットとレインパンツを基本セットとする。靴はくるぶしを覆うトレッキングシューズが必須で、特に最後の急斜面ではグリップとアンクルサポートが下りで効いてくる。
磐梯山の服装は、季節幅を広めに考える。磐梯山の時期は5月下旬から10月下旬まで。最盛期は7月から9月で、9月下旬から10月中旬の紅葉が特に評価が高い。ナナカマド・ダケカンバ・カエデが混じる斜面は、本州東部の百名山のなかでも色の鮮やかさで指折りだ。10月後半に入ると初冠雪、11月以降は冬山装備が必要となる。冬の磐梯山はバックカントリースキーの好フィールドだが、夏のハイキングの延長で考える範疇にはない。水場は弘法清水のみのため、最低1.5Lを担ぐ。
気象庁は磐梯山を常時観測火山に指定している。最後の噴火は1888年だが、現在も火山性地震が観測されることがある。出発前に気象庁の噴火警戒情報を確認し、レベル1(活火山であることに留意)であることを確かめておきたい。
下山後の磐梯朝日、五色沼を見て帰る
下山後は裏磐梯側に降りて、五色沼自然探勝路(毘沙門沼〜柳沼の約3.6km)を歩くのが定番の組み合わせだ。毘沙門沼のターコイズブルー、青沼の深い藍、赤沼の鉄分が作る赤茶など、湖の色がそれぞれ異なるのは、磐梯山の崩壊で運ばれた鉱物と湧水の組成が湖ごとに違うためで、山と湖が一つの地質イベントで結びついていることを目で確認できる場所になっている。
温泉は猪苗代湖畔の中ノ沢温泉、磐梯熱海温泉、または裏磐梯の桧原湖畔の宿が選ばれる。次に東北の百名山を続けるなら、北西に飯豊連峰、北東に吾妻連峰、南東に安達太良山が連なり、いずれも磐梯山から山影を望める位置にある。磐梯山から見えた山々を、次にその山頂から磐梯山を見返すまでが、東北の百名山の一つの旅程として組める。