大和葛城山という山
関西の登山者なら誰もが知る山だが、東日本から訪れる人にとって「葛城山」は少し混乱を招く名前である。和泉山脈の和泉葛城山と区別するために、奈良県御所市と大阪府南河内郡千早赤阪村の境にそびえるこの標高959.2mの山は、正式には大和葛城山(やまとかつらぎさん)と呼ばれる。金剛山地の主峰の一つで、南に隣り合う金剛山(1,125m)と並んで関西の登山文化の中心を担ってきた。
古代から葛城修験の中心地で、修験道の開祖と伝わる役小角(役行者)はこの山域で修行を積んだとされる。山麓には葛木一言主神社が鎮座し、山中には行者堂や行場が点在する。観光化された頂上の草原と、足元に残る修験の痕跡が同じ場所で重なっているのが、この山の懐の深さである。
一目百万本、五月の山頂
大和葛城山の代名詞は、山頂南斜面に広がるヤマツツジの大群落だ。例年5月上旬から中旬にかけて、自然研究路を中心とした斜面が一面の赤に染まり、「一目百万本」と称される。自然形成だけでなく、林野庁や地元自治体による継続的な保全管理によって維持されてきた群落で、関西では金剛山のカタクリと並ぶ春の風物詩になっている。
見頃のピークはゴールデンウィーク明けから5月15日前後。開花情報は御所市と葛城高原ロッジが日々更新している。ピーク期はロープウェイが1時間以上の待ち時間になる日もあるため、写真を撮りたいなら始発便(7時台)を狙うか、徒歩で櫛羅の滝コースを登るほうが結果的に早い。満開を逃しても、5月下旬から6月のクサタチバナやササユリも見応えがある。
四つの登山道、それぞれの顔
大和葛城山の登山ルートは大きく四つある。最も歩かれているのが櫛羅の滝コース(くじらのたきコース)で、葛城山ロープウェイ前バス停を起点に櫛羅の滝を経由して北尾根に取り付き、自然研究路を抜けて山頂まで標準で2時間ほど。土道と石段が交互に続き、雨後はぬかるむ箇所がある。
北尾根コースは櫛羅の滝コースから分岐して尾根を直登する短く急な道、天狗谷コースは反対側の二上山方面から沢沿いに登るやや玄人好みのルートで、いずれもロープウェイ駅を起点に組み合わせやすい。最も野心的なのがダイヤモンドトレール(ダイトレ)で、二上山から大和葛城山を経て金剛山まで稜線を縦走する。葛城山〜金剛山間だけでも標準コースタイム3時間、健脚で半日仕事になる本格的な山道だ。
大和葛城山のアクセスは、近鉄御所線御所駅から奈良交通バスで葛城ロープウェイ前まで約15分。マイカーの場合は葛城登山口に有料駐車場があるが、ツツジ期と紅葉期は朝7時には満車になる。
春のツツジ、秋のススキ、冬の樹氷
大和葛城山の季節は四つの顔で語ると分かりやすい。春は4月下旬から5月中旬にかけてのツツジで、これは前述の通り全国から登山者と観光客が押し寄せる。6月から7月の梅雨期は雨が多く、櫛羅の滝の水量が増す代わりに登山道はぬかるみがちで、足元の装備を選ぶ時期になる。
9月後半から10月にかけて、山頂の自然研究路はススキの草原に変わる。風に揺れる銀色の海に一本の遊歩道が貫き、ツツジの時期とはまったく違う山の顔を見せる。11月の紅葉は山腹のブナとカエデが鮮やかで、葛城高原ロッジから見下ろす大阪平野には早くも夜景の輪郭が浮かぶ。
意外に知られていないのが冬の表情で、1月から2月の寒波の日には山頂付近で気温が氷点下まで下がり、稜線の木々に樹氷がつく日がある。ロープウェイは冬季も基本営業しているが、自然研究路には積雪が残ることがあり、軽アイゼンを携行したい時期である。大和葛城山の時期選びは、ツツジに偏らず、ススキと樹氷まで含めると一年を通じて再訪に耐える。
ロープウェイのある山だからこそ、装備の油断が出る
標高959mと聞くと低山の括りに入り、ロープウェイで上がれるという気軽さも相まって、市街地と同じ服装で来てしまう人が後を絶たない。実際には山頂は市街地より6〜8℃低いのが常で、春と秋は霧が出やすく、ロープウェイを降りた直後に視界が落ちる日がある。
大和葛城山の服装は、夏でも長袖と長ズボンが基本になる。ツツジ群落周辺はヤマウルシやノイバラが混じり、半袖だと擦傷を負いやすい。シューズは1号路相当のロープウェイ往復ならスニーカーで足りるが、櫛羅の滝コースや天狗谷コースを下りに使うならローカットでもグリップのあるトレッキングシューズに切り替えたい。雨後は土道が滑り、革靴やフラットソールのスニーカーで捻挫する例が毎年見られる。
もう一点、見落とされがちなのがロープウェイの定休日(基本水曜)と運休だ。山頂泊の予定で上がり、翌朝の下山をロープウェイ前提で組んでいると、運休日には全行程を徒歩で下ることになる。櫛羅の滝コースなら90分前後で下りられるが、ヘッドランプと余分な行動食を持つ判断は、低山だからこそ怠りやすい。
山頂からの眺め、ダイヤモンドトレールという選択
山頂は広い草原状の平地で、北に二上山、南に金剛山、西には大阪平野と関西国際空港、東には奈良盆地が一望できる。夕方まで残れば、関西の三大夜景の一つに数えられる葛城高原から見下ろす大阪の夜景が広がる。山頂直下には葛城高原ロッジがあり、宿泊と日帰り食堂の両方で利用できる。ロッジ泊にすれば、夕焼けと夜景と朝の御来光を一晩で味わえる。
大和葛城山だけで完結させずに、もう一歩踏み込みたい人にはダイヤモンドトレールの縦走を勧めたい。葛城山から水越峠を経て金剛山まで稜線を辿る区間は、ブナと自然林の中の静かな道で、ツツジ期でもこちらは混雑しない。健脚なら一日で抜けられるが、初めてなら水越峠で区切って、二回に分けて歩く選び方も悪くない。同じ山に何度も通うことで、ロープウェイ越しの観光の山が、自分の脚で歩く一座の山に変わっていく。