徳島県

剣山

四国の屋根、徳島の奥に立つ標高1,955mの山。山頂はミヤマクマザサに覆われた緩やかな草原で、平家の落人伝説を抱いた信仰の山でもある。リフトで気軽に登れるが、本当の懐は次郎笈との縦走から開けてくる。

剣山という山

剣山は徳島県の中央部、美馬市と三好市、那賀郡那賀町の境に立つ標高1,955メートルの山である。西日本の最高峰は愛媛・石鎚山(1,982m)だが、剣山はそれに次ぐ西日本第二の高峰で、四国山地の屋根を担う一座だ。深田久弥の日本百名山に選ばれ、剣山国定公園の中心をなす。

山名の由来には諸説あり、もっとも有名なのが平家の落人伝説と結びついた説で、安徳天皇の遺品である宝剣を山頂直下に埋めて祀ったことから「剣山」と呼ばれるようになったと伝わる。山頂直下には剣山本宮宝蔵石神社が鎮座し、岩そのものをご神体とする。石鎚山・三嶺と並ぶ四国三霊山の一つで、信仰と自然が密接に結びついた山として、四国の登山文化を象徴する。

リフトのある山、それでも本来は信仰の道

剣山の登山口は標高1,420mの見ノ越(みのこし)。ここから山頂までは剣山観光登山リフトが標高差約330mを15分で運んでくれるため、リフトを使えば山頂までは標準コースタイムで40分前後、登山経験のない人でも踏める山として知られている。リフト終点の西島駅からは複数のルートが分岐し、山頂までの組み合わせの自由度が高い。

とはいえ、剣山を「リフトで登れる観光の山」とだけ括ると見落とすものが多い。見ノ越から自分の脚で登る尾根道は標準で2時間ほど、樹林帯を抜けて山頂直下の笹原に出る瞬間の落差は、リフトでは味わえない。古くからの参拝路でもあり、白装束の修験者が今も歩く道だ。

登山道を選ぶ — 大剣道、尾根道、そして行場めぐり

剣山のルートは見ノ越と西島駅を起点に四系統に整理できる。最も穏やかなのが尾根道コースで、西島駅から刀掛けの松を経由して山頂へ。標準40分、勾配は終始緩く、家族連れと観光客の8割がこの道を使う。

対して大剣道(おおつるぎどう)は、西島駅から大剣神社・御神水を経て山頂に至るルートで、岩肌の露出した修験の道。距離は尾根道とほぼ同じだが、御神水という日本名水百選の湧水を経由できる点で味わいが違う。下りに尾根道、登りに大剣道という組み合わせが定番である。

玄人向けが行場(ぎょうば)めぐりで、西島駅から両剣神社・古剣神社・不動の岩屋などを巡り、鎖場と岩稜を交えて山頂へ抜ける。修験道の修行場をそのままトレースする形で、所要は3時間以上。経験者でも雨後は控えたい。剣山の登山道は、観光リフトの直上にこれだけのレイヤーが残っているのが面白い。

次郎笈という名脇役、三嶺への縦走という贅沢

剣山に登った経験者の多くが「もう一度行くなら次郎笈とセットで」と口を揃える。次郎笈(ジロウギュウ、1,930m)は剣山の南西に肩を並べる双耳峰で、剣山山頂から往復で2時間。両山をつなぐ稜線はミヤマクマザサに覆われた天空の草原で、四国の山らしい開けた縦走路として日本でも屈指の美しさを持つ。

さらに健脚向けには、剣山〜次郎笈〜三嶺(みうね、1,894m)をつなぐ三嶺縦走がある。標準コースタイムで7〜8時間、エスケープルートが乏しく、剣山頂上ヒュッテか三嶺ヒュッテに一泊する一泊二日が安全な計画だ。四国にこれほど長い稜線歩きの道があることは、本州の登山者にはあまり知られていない。

七月のキレンゲショウマ、十一月の紅葉、冬の樹氷

剣山の季節は花と紅葉と雪の三軸で語ると分かりやすい。最も知られているのが7月下旬から8月中旬に咲くキレンゲショウマで、剣山行場周辺の自生地は日本でも有数。宮尾登美子の小説『天涯の花』の舞台として全国に知られるようになり、ピーク期は西島駅周辺に多くの登山者が集まる。

10月中旬から11月上旬の紅葉は、山腹のブナ・カエデ・ナナカマドが鮮やかで、リフトから見下ろす樹海ごと色づく。標高1,955mとはいえ瀬戸内側に位置するため、本州の同標高帯より紅葉時期がやや遅い。12月中旬以降は山頂周辺で積雪が始まり、1月から2月には稜線の樹に樹氷がつく日が増える。リフトは冬季運休するため、見ノ越から登るしかなく、軽アイゼンと防寒装備が必須となる。

装備と心構え、そして見ノ越までの遠さ

標高1,955mの山頂は、麓の街より概ね10〜12℃低い。夏でも稜線では風が強く、Tシャツ一枚で次郎笈往復に出るのは現実的でない。フリースと風を切るシェル、長ズボン、防水のトレッキングシューズが基本装備で、行場めぐりに踏み込むなら手袋とヘルメット相当の慎重さも要る。

剣山の服装で見落とされやすいのが雨対策。四国山地は雨が多く、太平洋側からの湿った空気が剣山にぶつかって午後に天気が崩れることが少なくない。ゴアテックスのレインジャケットとレインパンツは、夏でもザックに常備したい。日帰り装備のヘッドランプも、次郎笈往復で時間が押した時の保険になる。

剣山のアクセスは、登山口の見ノ越までが遠い。JR徳島駅から見ノ越までは車で約2時間半、公共交通は山城町からのバスが季節運行のみで、本州側の登山者にとっては実質マイカーかレンタカー前提になる。徳島阿波おどり空港からの方が近く、関東・関西から飛行機で入る選択肢が現実的だ。剣山の時期選びと合わせて、移動の組み立てから計画した方がよい山である。

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