長野県

天狗岳

苔むした針葉樹林が続く北八ヶ岳で、ここだけが岩と砂礫の山になる。東天狗と西天狗という二つの頂を持つ北八ヶ岳の最高峰は、雪がついてからの姿でこそ語られることの多い山でもある。

北八ヶ岳が、ここで一度だけ岩になる

天狗岳は長野県の茅野市と南佐久郡小海町の境に立つ山で、山頂部が東西に分かれている。東天狗岳が標高2,640m、西天狗岳が2,645.8m、その間は300mほどの間隔しかない。高い西天狗岳が北八ヶ岳の最高峰で、二等三角点が置かれ、日本二百名山にも数えられている。ガイド類が丸めて「2,646m」と記すのはこの西峰の値だ。名前は「天狗岳」ひとつだが、歩けば二つの頂を続けて踏むことになる。

この山の位置づけを決めているのは、八ヶ岳という山脈の性格がちょうどここで切り替わることだ。北八ヶ岳は苔の森と池で知られる穏やかな山域だが、天狗岳では森林限界を抜けた稜線が岩と砂礫に変わる。風を遮るものがない。北から縦走してきた登山者にとって天狗岳は、森が終わって岩稜が始まる境目そのものとして現れる。

山名は、東天狗岳にある天狗岩と呼ばれる岩塔を天狗の鼻に見立てたものとする説が知られる。二つの頂は性格もそろっていない。主縦走路が通っているのは東天狗岳のほうで、最高点を持つ西天狗岳は縦走路から外れた、ずんぐりとした丸いピークとして脇に控えている。縦走で「天狗岳を越えた」と言うとき踏んでいるのは東峰であり、最高峰を取りにいくには一度そこから西へ振ることになる。

唐沢鉱泉から、西尾根を詰める

天狗岳のルートは複数あるが、最もよく歩かれているのが唐沢鉱泉を起点にした周回である。『山と高原地図』のコースガイドは、唐沢鉱泉から西尾根に取り付き、第1展望台・第2展望台を経て西天狗岳、東天狗岳、中山峠、黒百合平とたどって唐沢鉱泉へ戻る一周を、総歩行時間6時間40分、総距離8.1km、最大高低差766mの中級コースとして日帰りに位置づけている。「岩場やクサリ場などがあり、部分的に注意が必要」というのが、その中級の中身である。

西尾根は樹林帯の急傾斜から始まる。唐沢鉱泉の案内によれば、視界が開ける第一展望台が標高2,416m。同じ案内は鉱泉から西天狗岳までを約2時間、黒百合平までを1時間半としている。ただしこの数字は鵜呑みにしないほうがいい。八ヶ岳観光協会は同じ唐沢鉱泉登山口から黒百合ヒュッテまでを徒歩2時間30分とし、山と溪谷オンラインは唐沢鉱泉から山頂まで4時間弱とする。同じ区間の所要時間に、資料によって1時間近い開きがある。短いほうで組むと、岩場に差しかかる時刻がまるごとずれる。

頭に入れておきたいのは、「歩く」から「登る」へ切り替わる場所が行程の終盤に置かれていることだ。序盤の樹林帯で消耗しすぎないことが、この周回のいちばん実務的な注意点になる。逆回りに黒百合平から上がって西尾根を下る組み方もあるが、岩の多い尾根を下降に使うぶん足元の負担は増える。登りの体力と下りの集中力、どちらを温存したいかという判断になる。

この周回の稜線上に水場はない。水を補えるのは黒百合平の黒百合ヒュッテで、宿泊者には天水が無料、売店ではお湯500mlが100円、お茶500mlが200円で分けられている。それ以外は登山口で担ぐ量を決めてしまうのが前提になる。

二つの頂と、その北にある奥庭

西天狗岳から東天狗岳へは、いったん鞍部へ下って登り返すだけの短い区間である。距離にしてわずかだが、岩が多く道幅は広くない。東天狗岳の頂上は狭い。八ヶ岳の主縦走路がこの山頂を通っているため、根石岳から硫黄岳方面へ南下する道と、中山峠を経て黒百合平へ北へ下る道が、この狭い頂で分かれる。人の流れが一点に集まるので、混み合う時間帯はすれ違いに気を遣う。

東天狗岳と北側の黒百合平とのあいだには、「天狗の奥庭」と呼ばれる一帯がある。摺鉢池をはじめとする小さな池が点在し、奇形の岩と丈の低い針葉樹、ハイマツやコケモモ、ミネズオウが入り混じる。北八ヶ岳の森と、岩だけになった稜線の、ちょうど中間の風景がここに残っている。天狗岳が二つの山域の境目だという話は、地図の上の話ではなく、この数十分の道のりで目に見える。

東天狗岳から黒百合平へ下る主稜線には、片側が大きく切れ落ちた通過点がある。晴れていれば何ということもない道だ。この山の性格が変わるのは、そこが見えなくなったときである。ガスの上がる午後や、雪と風で地形が読めなくなる冬に、同じ道が違う顔を見せる。

雪がついてから、この山は語られる

天狗岳登山がいちばん熱心に語られるのは、むしろ冬である。標高2,600m台で森林限界を越え、風の当たる岩稜が短いながら確実にあり、黒百合平には通年営業の山小屋という逃げ場がある。そのうえ日帰りでも成立する。雪山に必要な要素が、小さな行程のなかに一通りそろっている。この組み合わせから、冬の天狗岳は「雪山の入門」として名前が挙がることが多い。

ただし、入門であることと易しいことは別である。黒百合ヒュッテは公式サイトで、冬期に初心者の事故が多発していること、八ヶ岳西尾根は初心者コースではないことをはっきり書き、上級者であっても余裕のある計画を立てるよう求めている。無雪期に岩を拾って登った西尾根は、雪が載れば単純な急斜面に変わり、樹林を抜けた先では風が直接身体に当たる。冬の装備はアイゼンとピッケルを使えることが前提で、そこに防寒着とゴーグルが加わる。道具を持っていることと、風のなかでそれを着脱できることのあいだには距離がある。

無雪期の天狗岳は、これとはまったく違う山として歩ける。同じ山を季節ごとに登り分けられるという点が、この山が繰り返し選ばれる理由になっている。

黒百合平という踊り場

東天狗岳の北側に開けた標高2,400mの平坦地が黒百合平で、収容80人の黒百合ヒュッテが通年営業で建つ。渋の湯からも唐沢鉱泉からも上がってこられる位置にあり、ここまで来れば山頂へは詰めの登りを残すだけになる。日帰りが十分に成立する山でありながら一泊を挟む計画が根強く選ばれてきたのは、この踊り場が行程のちょうど真ん中にあるからだ。

宿泊は予約制で、予約フォームまたは電話で受け付けている。小屋は予約時の連絡先として、行程中も連絡がとれる携帯電話番号を知らせるよう求めている。テント泊は予約不要だが、テント利用者への食事の提供はなく、食料は各自持参することになっている。冬に通う人にとっては、天候の回復を待てる場所が稜線の手前にあるという事実そのものが計画の余裕になる。山頂を踏めるかどうかを、登山口ではなく黒百合平で判断できる。

入口は、時期によって入れ替わる

天狗岳へのアクセスは、茅野側の二つの登山口——渋の湯と唐沢鉱泉——がほぼすべてを担っている。公共交通なら渋の湯で、茅野駅から奥蓼科渋の湯線のバスが通じている。マイカーなら唐沢鉱泉を起点にすると、先の周回がそのまま組める。東側の小海町からは稲子湯や本沢温泉を起点とする道もある。

ただしこの二つの登山口は、季節によって立場が入れ替わる。茅野市の案内によれば、渋の湯登山口の駐車場は1日1,100円、受付は渋御殿湯のフロントで、対応時間は午前6時30分から。それより早い時間に駐車したい場合は唐沢鉱泉登山口駐車場を利用するよう案内されている。一方その唐沢鉱泉登山口駐車場は、1月中旬以降に道路ごと冬期閉鎖される予定とされ、渋の湯の駐車場も積雪等の状況次第で駐車できない場合があるという。夏は唐沢鉱泉、真冬は渋の湯へ——というふうに、同じ山の入口が時期で移っていく(2026年9月時点)。

北八ヶ岳を横断するメルヘン街道(国道299号)の麦草峠も、冬のあいだ閉じる。直近では、茅野市北山千駄刈から麦草峠を越えて小海町千代里(林業センター)までの区間が、2025年11月20日午前11時から2026年4月16日午前11時まで通行止めとされた。小海側や佐久側から北八ヶ岳へ回り込む発想は、冬季には成立しないものとして計画したほうがよい。次の冬の日程は2026年9月時点では未確認のため、出発前に道路管理者の最新の告知で確かめたい。

天狗岳の輪郭を決めているのは、標高でも距離でもなく、北八ヶ岳の穏やかさと南八ヶ岳の険しさが一つの山のなかで隣り合っていることだ。それが同じ登山者が季節を変えて何度も戻ってくる理由でもある。苔の森を抜けて砂礫の稜線に出るまでの、あの数十分の変化を確かめに登る山なのだと思う。

天狗岳の天気予報(3日間)

天気予報を読み込み中…

天狗岳のコミュニティ

コミュニティを読み込み中…

天狗岳に関連する山

天狗岳の近くの山

2,829m

横岳

よこだけ・2.4km

2,403m

縞枯山

しまがれやま・2.4km

2,760m

硫黄岳

いおうだけ・4.0km

長野県の他の山

穂高岳 3,190m

穂高岳

ほたかだけ

槍ヶ岳 3,180m

槍ヶ岳

やりがたけ

3,106m

北穂高岳

きたほたかだけ

天狗岳に関連する記事

YAMATOMO

天狗岳の登山仲間と出会う

YAMATOMO は、山ごとに常設のベースキャンプを持つ登山コミュニティアプリ。天狗岳に登る予定の人・登った人と、天気・コンディション・ルートをリアルタイムで共有できます。

App Store でダウンロード マップで天狗岳を見る → ベースキャンプに参加する →