九つの峰の総称、九州本土最高峰
九重山は大分県玖珠郡九重町・竹田市・由布市にまたがる火山群で、中岳(1,791m)を最高峰として九つの主要な峰からなる九重連山の総称として用いられる。中岳・久住山(1,786m)・三俣山・大船山・平治岳・稲星山・天狗ヶ城・星生山・扇ヶ鼻の九峰が連なる。阿蘇くじゅう国立公園の核心部に位置し、中岳は九州本土の最高峰として知られる(屋久島の宮之浦岳1,936mは離島)。深田久弥は『日本百名山』で九重山を取り上げ、九州を代表する山岳群として位置づけた。
九重連山の魅力は、複数の独立した火山峰が密集して連なる地形にある。山頂部からは隣り合う九重の各峰が手の届く距離に見え、九重連山の中央に広がる坊がつる湿原(ラムサール条約登録湿地)を見下ろす構図は、九州の山岳景観でも特に完成度が高い。九重山に登るという行為は、単一の山頂を踏むことではなく、複数の峰と中央の湿原を含む山域全体を歩くことを意味する。
牧ノ戸峠ルート、九重山の標準アプローチ
九重山ルートで最も標準的なのが、牧ノ戸峠(標高1,330m)を起点とするルートだ。牧ノ戸峠から沓掛山・西千里浜・久住分かれを経て久住山に至り、そこから中岳・天狗ヶ城を回って戻る周回。標高差約460m、コースタイムで約5〜6時間。日帰りピストンで久住山・中岳の二峰を踏めるため、九重山登山の入門ラインとして最も人気が高い。
もう一本の主要ルートが、長者原(ちょうじゃばる、標高1,030m)を起点に、雨ヶ池越を経て坊がつるに下り、そこから法華院温泉山荘を経由して各峰を踏むルート。長者原から法華院温泉山荘までコースタイムで約3時間、そこから中岳・大船山・平治岳など複数の峰へ枝分かれする。法華院温泉山荘に一泊して翌日に九重連山の複数峰を踏む一泊二日が、九重山を最も深く味わえる計画になる。
坊がつる湿原、ラムサール条約登録湿地
九重連山の中央に広がる坊がつる(ぼうがつる)湿原は、標高約1,200mの高層湿原で、2005年にラムサール条約登録湿地に指定された。九重連山の各峰に囲まれた盆地状の地形で、湿原の中央に法華院温泉山荘が立つ。坊がつるからは九重連山の各峰が四方に見渡せる構図で、九州の山岳景観でも特に印象的な眺望を提供する。「坊がつる賛歌」という登山者に親しまれた歌の舞台としても知られる。
坊がつるの周辺は、5月下旬から6月にかけてミヤマキリシマ(深山霧島)の群落がピンクの絨毯を作る。特に平治岳の山頂部は九州屈指のミヤマキリシマ群生地として知られ、開花期には登山者がこの花を目当てに集中する。九重山の登山は、ピークハントだけでなく、坊がつるの湿原と季節の花群落を組み合わせて歩く山行として性格づけられる。
法華院温泉山荘、標高1,303mの天然温泉
九重連山の中央、坊がつる湿原に立つ法華院温泉山荘は、標高1,303mに湧く九州最高所の天然温泉付き山岳宿として知られる。江戸時代から続く歴史ある山岳宿で、現在も登山者の重要な拠点として機能している。収容人数は約100名、夕食・朝食付きで宿泊でき、日帰り入浴も可能。坊がつるをベースに九重連山の複数峰を二泊三日で巡る計画では、法華院温泉山荘に二泊する形が定番になる。
ピーク時の予約は数週間前から望ましい。法華院温泉山荘は北アルプスや八ヶ岳の大型山小屋に比べると規模は小さいが、山中で天然温泉に浸かれる立地は九州ではほぼ唯一の存在で、九重山の登山を組む際の最大の魅力の一つになっている。九重山に登るという行為は、九州本土最高峰を踏むことであり、ラムサール湿原の中央で過ごす夜を持つことでもある。
通年登山の山、季節と装備
九重山の時期は通年。気候面では、5月下旬から6月のミヤマキリシマ開花期が最も賑わうシーズン、7〜8月の夏山シーズン、10月下旬から11月の紅葉、12月から3月の冬枯れと、季節ごとに異なる表情を見せる。冬季は山頂部で積雪があり、雪山登山の対象としても人気が高い。九州の山岳では雪山登山ができる数少ない山域として、地元登山者に冬山の練習場としても利用されている。
九重山の服装と装備は、1,800m級の長時間行動を前提に組む。フリースと防風防水のレインウェアは省けず、シューズはミッドカット以上の登山靴。ザックは日帰りなら20L、一泊なら30L以上が標準。中岳・星生山の硫黄山方面では火山ガスが発生することがあり、立入規制と火山警報を出発前に確認したい。冬季登山では軽アイゼン・厳冬期用シェル・予備の防寒着が必須。
法華院温泉山荘から見るご来光は、東に大船山・平治岳、南に久住山・中岳、西に三俣山、北に坊がつる湿原という、九重連山の中央に身を置く独特の構図になる。湿原の朝霧の上に各峰が浮かぶ景観は、九州の山岳でしか得られない一枚だ。新月期の夏の夜は、湿原の暗さと標高1,300mの星空観望が組み合わさり、九州でも有数の星空の場所として知られる。
由布院・大分・熊本からのアクセス
九重山のアクセスは、JR久大本線豊後中村駅または由布院駅から九州横断バス・大分交通バスで牧ノ戸峠まで約60〜90分。長者原(ちょうじゃばる)も同じバス路線でアクセス可能。マイカーの場合は牧ノ戸峠と長者原の駐車場まで車で入れる。やまなみハイウェイ(県道11号)が九重連山の主要なアクセス道路で、阿蘇外輪山経由で熊本側から、または由布院・別府経由で大分側からアクセスできる。
首都圏からは飛行機で大分空港まで約100分、または熊本空港経由でレンタカー・バスを乗り継ぐ。福岡市内から高速道路経由で約2時間半、別府温泉から約1時間。九州本土最高峰でありながら、登山口まで車道でアクセスできる手軽さが、九重山の人気を支える要因の一つだ。下山後は別府温泉、由布院温泉、長湯温泉、筋湯温泉などの大分の名湯で汗を流して帰路につく。九重山に登るという行為は、九州本土最高峰を踏むことであり、ラムサール湿原の中央で温泉に浸かることでもある、九州ならではの密度を持つ山行になる。