青森県

八甲田山

八甲田山(はっこうださん)

画像:Wikipedia(CC BY-SA)

青森の街から見上げる連なる18の峰。冬の樹氷と1902年の遭難事件、夏の湿原と酸ヶ湯のヒバ千人風呂を抱える、本州最北の百名山。

本州最北の百名山

八甲田山は青森県中央部に位置する成層火山群の総称で、最高点は大岳の1,585m。「八甲田」という単独の山頂は存在せず、北八甲田の8峰(大岳・井戸岳・赤倉岳・田茂萢岳など)と南八甲田の10峰(櫛ヶ峰・乗鞍岳など)の総称として「八甲田山」が用いられる。深田久弥は日本百名山のなかで、この連峰を「東北の最も北にある百名山」として記している。青森市から南へ約20km、市街地のどこからでも見上げられる位置にあり、青森の街の地理的・文化的アイデンティティを構成する山だ。1902年、旧日本陸軍第8師団歩兵第5連隊が冬季の雪中行軍訓練でこの山に入り、210名中199名が命を落とした「八甲田雪中行軍遭難事件」は、世界の山岳遭難史でも最大級の悲劇として知られる。

八甲田山ルートと毛無岱の湿原

八甲田山ルートの主流は、北八甲田の最高点・大岳を目指す構成だ。最も使われるのは八甲田ロープウェイ(標高1,324m)から田茂萢岳→赤倉岳→井戸岳→大岳→毛無岱→酸ヶ湯温泉へと縦走する片道コースで、距離約8km、コースタイム約4時間。ロープウェイで一気に標高1,300mまで上がり、北八甲田の主要4峰をつないで酸ヶ湯温泉に下る、最も「歩く価値のある」プランとして地元山岳会が推奨する。

より短時間で済ませたい場合は、酸ヶ湯温泉から大岳へ往復するコース(登り約2時間半、下り約2時間)が選ばれる。これは1902年の遭難隊が辿ろうとした古い古道筋にあたる。両ルートが交わる毛無岱(けなしたい)の湿原は、上毛無岱と下毛無岱の二段構造になっていて、巨大な木道の階段で接続される独特の景観を持つ。湿原の周囲を取り囲むダケカンバとアオモリトドマツの森は、八甲田山ルートのなかでも特に評価が高い区間だ。

八甲田山アクセスと青森駅のリズム

八甲田山アクセスはJR青森駅を起点に整理できる。東京から東北・北海道新幹線で新青森駅まで約3時間20分、新青森駅または青森駅からJRバス東北「みずうみ号」(十和田湖行き)で八甲田ロープウェイ駅前まで約1時間、酸ヶ湯温泉まで約1時間20分。「みずうみ号」は通年運行のため、冬期も含めてアクセスは確保される。

マイカーの場合は東北自動車道・青森中央ICから国道103号で40分。前泊なら酸ヶ湯温泉が圧倒的に便利で、酸ヶ湯温泉「ヒバ千人風呂」は約160畳の混浴大浴場として国民保養温泉地第1号の指定を受けた歴史を持つ。300年以上の歴史を持つ湯治場で、登山と組み合わせると「日本の温泉宿としての完成形」を体験できる立地だ。

大岳山頂、八甲田の中心

大岳(1,585m)は北八甲田の最高点で、山頂は20m四方ほどの平頂。山頂直下に大岳避難小屋があり、強風時の風除けと緊急避難場所として機能する。山頂からは南東に岩木山、北に陸奥湾と津軽半島、南西に十和田湖と奥羽山脈、東に下北半島と太平洋を一望できる。青森市の市街地と陸奥湾が眼下に広がり、本州最北の地点に立っているという地理的実感が強い。

大岳から井戸岳・赤倉岳への稜線は、火山地形特有のザレた斜面と岩塊の混合で構成され、ロープウェイ駅から大岳までの縦走は実質的に火口縁を歩く構成だ。井戸岳の火口(直径約400m)、赤倉岳の崩壊地形といった、活火山の地形が縦走の道として整備されているのは八甲田山ならではの面白さになっている。気象庁は八甲田山を常時観測火山に指定しており、噴火警戒レベルは平時はレベル1。出発前の確認は必須だ。

八甲田山の装備と服装、季節

八甲田山の装備は、標高1,585mの東北最北の独立峰を歩く前提で組む。緯度41度に近い位置ゆえに、本州の同標高帯より気温が低い。夏でも山頂気温は10〜15℃、強風時の体感は5℃前後まで下がる。化繊またはメリノの長袖、フリースか化繊インサレーション中間着、防水透湿のレインジャケット、薄手の手袋までを基本セットとする。靴はくるぶしを覆うトレッキングシューズが必須で、毛無岱の木道と大岳直下の岩稜帯ではグリップとアンクルサポートが効いてくる。

八甲田山の服装は、季節幅を広めに考える。八甲田山の時期は5月下旬から10月下旬まで。最盛期は7月から9月で、9月下旬から10月上旬の紅葉は東北最北の百名山の年間最大のピークとなる。毛無岱のススキとカエデ、井戸岳周辺のナナカマド、田茂萢岳のダケカンバが一斉に色づく。冬の八甲田山は世界的に有名なバックカントリースキー対象であり、樹氷(アオモリトドマツが氷雪に包まれる「スノーモンスター」)はロープウェイから誰でも見られる。だが冬季登山は強風・低温・視界不良が複合する厳冬期登山であり、ロープウェイで見る樹氷観光とは全く別物として考える必要がある。

酸ヶ湯温泉のすぐ近くに「後藤伍長の銅像」が立つ。1902年の雪中行軍で唯一立ったまま発見され、奇跡的に生存した後藤房之助伍長の姿を写した銅像で、登山口の地理的記憶として機能している。新田次郎の小説「八甲田山死の彷徨」、高倉健・北大路欣也主演の映画「八甲田山」(1977年)の舞台でもあり、登山前に一冊・一本に触れておくと、見える景色の重みが変わる。

酸ヶ湯のヒバ千人風呂、下山後の温泉

下山後の温泉として、酸ヶ湯温泉のヒバ千人風呂は東北の登山対象のなかで指折りの体験になる。総ヒバ造りの大浴場は約160畳、「熱の湯」「冷の湯」「四分六分の湯」「湯滝」「鹿の湯」の5種類の浴槽が一つの空間に並ぶ独特の構造で、酸性度の高い硫黄泉が八甲田山の火山地下から湧き出している。湯治場として300年以上の歴史を持ち、現在も湯治宿の機能を残している。

次に東北の百名山を続けるなら、南東に岩手山、北東に岩木山、南西に鳥海山・月山が自然な選択肢になる。八甲田山に登り終えて青森駅に降りてくると、青森湾の向こうに連なる18の峰が、登る前とは別の重みで見えてくる。一日歩いた山が、街の風景の一部としてそこに残り続けるという体験は、青森という街でしか得られない。

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