福岡県

英彦山

福岡と大分の境に立つ標高1,199.5mの山。羽黒山、大峰山と並ぶ日本三大修験の一座であり、苔むした参道の石段と、鎖に手をかけて登る岩場とが、一本の道の上でつながっている。

三つの峰を、ひとつの名で呼ぶ

英彦山は福岡県田川郡添田町と大分県中津市山国町にまたがる、標高1,199.5mの山である。添田観光情報局はこの山を「北岳・中岳・南岳の三つの山頂を持ち」と紹介している。最高点は南岳にある。ところが英彦山神宮の上津宮が鎮座するのは中岳であり、登山者が「英彦山に登った」と言うときの到達点も、多くは中岳になる。最高地点と信仰の中心と人の集まる場所が、それぞれ別の峰に分かれている。この山の性格は、その分かれ方によく表れている。

山名も一度変わっている。もとは「彦山」と書いた。1729年(享保14年)、霊元法皇の院宣によって「英」の字が加えられ、現在の英彦山になった。羽黒山、熊野の大峰山と並ぶ日本三大修験山のひとつに数えられ、最盛期には数千名の僧兵を擁したと伝わる。その勢力は1581年、大友義統の軍勢による焼き討ちで大きく損なわれた。山域は現在、国の史跡に指定されている。英彦山を登るとは、標高1,199mを登る行為であると同時に、四百年余り前に焼かれた宗教都市の跡地を歩く行為でもある。

地質的には、英彦山は複合火山体の主峰にあたる。活動期は約700万年前から約400万年前とされ、現在の火山活動はない。山域は耶馬日田英彦山国定公園に含まれ、稜線にはブナ林が残る。深田久弥の百名山には入らないが、日本二百名山、日本百景、そして弥彦山・雪彦山と並ぶ日本三彦山のひとつに選ばれている。

石段の途中から、山が始まる

英彦山の登りは、山道ではなく石段から始まる。麓の鳥居をくぐると参道の石段が続き、その両脇には坊舎の跡と伝わる石垣が断続的に残る。石段を詰めた先に建つのが英彦山神宮の奉幣殿で、山頂ではなく山の中腹に位置する。つまり奉幣殿に立った時点で、山頂までの標高差のかなりの部分はすでに参道が引き受けている。添田観光情報局が英彦山を「半日程度で登ることができます」と書けるのは、この参道の高さによるところが大きい。

石段を歩かずに高度を稼ぐ手段もある。麓の花駅と奉幣殿そばの神駅を結ぶ英彦山スロープカーで、運行は年中無休、原則20分間隔。上りは花駅発8時40分から16時40分まで、下りは神駅発8時50分から17時10分までである。悪天候時には臨時運休がある。登山者にとっては、参道の石段で脚を使い切らずに登山道へ入れる装置であり、下山後に膝を守る装置でもある。索道に乗るか石段を歩くかで一日の疲れ方は変わり、下りの最終便の時刻は、そのまま周回ルートの折り返し時刻を決めることになる。

登山口へのアクセスは、福岡県添田町側から入るのが主導線になる。添田観光情報局が挙げる代表的な三本のコースは、いずれも鷹巣原駐車場を起点としている。奉幣殿側の別所駐車場も広く使われており、YAMAPが公開するモデルコースでは、別所登山口から奉幣殿を経て中岳を往復して距離5.7km、累積標高の上り下りとも629m、コースタイム3時間53分、難易度は「ふつう」と見積もられている。どこを起点にしてどの峰まで足を延ばすかで数字は振れるが、行動時間が半日規模に収まるという点では、町の案内もこの見積もりも食い違わない。

三年ぶりに、三つの峰がつながった

中岳の山頂は広く開けた台地状で、そこに上津宮が建つ。九州の山としては、山頂に社殿があることそのものが景観の中心になっている。ここで引き返す中岳往復が英彦山でもっとも歩かれるルートであり、初めての一本として案内されるのもこの道である。

その中岳の周辺が、長いあいだ通れなかった。令和4年から続いた英彦山神宮上宮の修復工事のあいだ、中岳周辺の登山道には通行止めが敷かれ、三つの峰を結んで歩くことができなくなっていた。規制は当初、令和7年12月31日までとされていたが繰り上げられ、11月30日をもって終了した。2025年12月1日から通常どおり通行できるようになり、2026年9月時点でもその状態が続いている。ただし解除されたのは登山道の通行であって、上宮の建物内には依然として入れない。山頂まで登っても社殿の中には立ち入れない、という前提で行ったほうが拍子抜けしない。

英彦山は大雨のたびに登山道や周辺道路の一部が傷んできた山でもある。上宮の工事が終わったからといって、山全体の通行が恒久的に保証されたわけではない。添田町は登山マップとあわせて通行情報を随時出しており、出発前に町の告知を確認する手順は、この山では省かないほうがいい。

鬼杉と望雲台、二つの回り方

英彦山のルートを往復だけで終わらせないなら、周回が二通りある。南へ回る中岳から南岳コースは、奉幣殿から中岳、南岳を経て鬼杉へ下り、玉屋神社を回って戻る。鬼杉は山中に立つ巨杉、玉屋神社は岩壁を背にして建つ社で、史跡の密度がもっとも高いのがこの南回りになる。修験の山を歩いているという実感は、山頂よりもむしろこの下りの途中で強くなる。

北へ回る中岳から北岳コースは、中岳から北岳へ稜線を辿り、高住神社を経て戻る。この道の見どころは望雲台で、添田観光情報局は眺望の良さを挙げると同時に、鎖場と断崖絶壁があるため注意が必要だと明記している。三本のコースのうち、鎖場が名指しで書かれているのはこの北回りだけである。望雲台は「展望台」という言葉から受ける印象よりも、はるかに岩場寄りの場所だと考えておいたほうがいい。北回りを選ぶかどうかは、標高や距離ではなく、鎖に手をかけることへの慣れで決まる。

同じ山でありながら、中岳往復は参道の山として、南回りは史跡の山として、北回りは岩の山として現れる。英彦山のルート選びは難易度の選択であると同時に、どの英彦山を見るかの選択でもある。三本を一度に歩こうとする必要はなく、季節を変えて三度登るという通い方のほうが、この山にはよく馴染む。

参道の石段を登っていると、道の両脇に不自然なほど整った石垣が続く区間に出る。坊舎の跡と伝わる遺構である。数千の僧兵を抱えた時代、この斜面には修験者の集落が層を成して並んでいた。1581年の焼き討ちのあと、その多くは戻らなかった。英彦山の登山道が最初から石で組まれているのは、登山者のためではなく、そこに人が住んでいたからだ。段差が現代の歩幅にどうも合わないのも、たぶん同じ理由による。

シャクナゲの頃、霧氷の頃

英彦山の季節は、標高1,199mという数字から受ける印象よりも振れ幅が大きい。山域にはブナ林が残り、春から初夏はシャクナゲとブナの新緑、秋は紅葉、そして冬には稜線に霧氷がつく。九州の山は冬でも気楽に登れるという一般的な感覚のまま入ると、山頂部の凍結に足をすくわれる。登る時期を決めるときは、麓の気温ではなく稜線の状態から逆算したほうがいい。

装備は、一日のうちに路面が三度変わることを前提に組む。石段、土と木の根の登山道、そして北回りの岩場。雨のあとの石段と苔は滑りやすく、ソールのしっかりした登山靴は省けない。望雲台まで足を延ばすなら手袋を用意しておきたい。行動時間が半日で済むからといって、服装を軽くしてよい理由にはならない。防寒着と雨具、そして樹林帯で早く暗くなることを見越したヘッドランプは、中岳往復であっても持っておく装備である。

英彦山を一日の体験として眺めると、鳥居から奉幣殿までの石段、樹林帯の登り、社殿のある山頂、そして望雲台の岩場という四つの層が順に現れる。標高も行動時間も控えめでありながら、一本の道の上でこれだけ性格の違う区間が切り替わる山は多くない。北部九州の登山者がこの山に何度も戻ってくる理由は、おそらくそこにある。

英彦山の天気予報(3日間)

天気予報を読み込み中…

英彦山のコミュニティ

コミュニティを読み込み中…

英彦山に関連する山

英彦山の近くの山

1,131m

犬ヶ岳

いぬがたけ・6.4km

782m

求菩提山

くぼてさん・11km

936m

三郡山

さんぐんさん・34km

福岡県の他の山

1,055m

背振山

せふりやま

1,055m

脊振山

せふりさん

829m

宝満山

ほうまんざん

英彦山に関連する記事

YAMATOMO

英彦山の登山仲間と出会う

YAMATOMO は、山ごとに常設のベースキャンプを持つ登山コミュニティアプリ。英彦山に登る予定の人・登った人と、天気・コンディション・ルートをリアルタイムで共有できます。

App Store でダウンロード マップで英彦山を見る → ベースキャンプに参加する →