福井県

荒島岳

荒島岳(あらしまだけ)

画像:Wikipedia(CC BY-SA)

福井県でただ一つの日本百名山。大野盆地にひとり立つ三角形の山容は、二千万年前のカルデラ火山が侵食に削り残された骨格であり、標高1,523mとは思えない急斜面を登山者に差し出す。

大野盆地にひとつだけ立つ山

荒島岳は福井県大野市にある標高1,523mの山で、越美山地(両白山地)に属する。福井県で唯一の日本百名山であり、県内の登山者にとっては説明のいらない一座だ。山と溪谷オンラインはこの山を「三方が切り立った斜面で、見上げる者に独立峰の印象を与える」と記す。実際、大野盆地のどこに立っても正面に同じ三角形が座っており、地元ではその姿から「大野富士」と呼ばれてきた。

この不釣り合いなほどの急斜面には理由がある。約2000万年前、日本列島がアジア大陸から分離する頃、荒島岳の位置には巨大なカルデラ火山があったとされ、現在の山はその侵食残骸——コールドロン——にあたる。噴煙を上げる山ではなく、火山の骨格だけが残った山だ。山頂には一等三角点「荒島山」(1,523.49m)が置かれ、延喜式内小社の荒島神社が祀られる。開山は泰澄とも行基とも伝えられ、905年の『延喜式』には「阿羅志摩我多気」の名が現れる。ただし山名の由来を説明する確たる説は、現時点では見つかっていない。信仰の山としての来歴だけが、百名山に選ばれるよりはるかに古い。

少年の目に残った山容

百名山の選者・深田久弥は石川県加賀市の生まれだが、母方の実家が福井市にあり、旧制中学は福井市の藤島高校に通った。福井県の公式観光サイトによれば、深田が荒島岳を意識したのは子供の頃、勝山のあたりから眺めた三角形の山容で、子供心にも美しい山だと印象に残ったと後年書き残している。同サイトはさらに、百名山の選定にあたって深田が福井の山として能郷白山と迷い、山の気品という点で荒島岳を上に置いたと紹介している。

標高だけを並べれば、荒島岳は百名山のなかでかなり低い部類に入る。深田自身が登ったのは中出からの道だったとされる。ブナ林の中をひたすら歩き、眺望はほとんど開けない道だ。それでも彼がこの山を採ったという事実は、荒島岳の価値が山頂からの見晴らしではなく、麓から見上げたときの姿にあることを示している。

スキー場跡から始まる千百メートル

荒島岳登山の主役は勝原コースである。起点は国道158号に面した旧カドハラスキー場跡。登山口がおよそ標高400m地点にあるため、山頂までの高低差は1,100m前後に達すると福井県公式観光サイトは記す。大野市公式サイトの示すコースタイムは登り3時間30分、下り2時間30分。山と高原地図Webは区間ごとに、登山口からシャクナゲ平まで約2時間40分、そこから前荒島(1,415m)まで約45分、中荒島(1,420m)を挟んで山頂まで約20分と案内しており、区間を足せば登りは3時間50分ほどになる。速い数字を信じて出発時刻を決めない方がいい。

出だしはスキー場跡のコンクリート斜面を延々と詰める区間で、日陰がなく、標高が上がっている実感も乏しい。ここを抜けると道はブナの原生林に入る。大野市公式サイトがこのコースの特徴として挙げるのも、ブナの原生林と木組みの階段だ。ブナの葉は薄く、日差しが差し込むと森の中が明るく染まる。新緑から紅葉まで表情の変わり続けるこの森が、単調になりがちな前半を救っている。

シャクナゲ平で四本の道が束ねられる

標高1,200m付近のシャクナゲ平は、荒島岳のルートが束ねられる結び目だ。勝原・中出・佐開のいずれの道もここで合流し、以降は一本になって山頂へ向かう。ベンチの置かれた小広場で、白山が望める位置でもある。荒島岳を登るということは、どの登山口から入ってもこの一点を通過するということでもある。

そしてシャクナゲ平からいったん鞍部へ下った先に、この山の名物が待っている。「もちが壁」——急勾配の斜面に鎖とロープが連続する区間で、荒島岳最大の難所とされる。福井県公式観光サイトは、急登ではあるがロープもあり、急がなければ子供でも登れると書く。無雪期については技術的な特殊さより、千メートル登ってきた脚でここに取り付くという順序のほうが効いてくる。疲労がピークに達した状態で鎖場に入る設計であり、行程の後半に余力を残す配分が荒島岳登山の勘所になる。壁を越えれば山頂は近い。山と溪谷オンラインは荒島岳の山頂展望を極めてよいとし、越前・美濃の山々に加えて遠く槍・穂高連峰まで見えると記している。

雲海が盆地を埋める朝、樹氷が立つ冬

荒島岳の季節は、標高よりも盆地の気候に支配されている。初夏はシャクナゲ、春先にはイワウチワやカタクリが咲き、山頂南斜面には小規模ながらお花畑が広がる。紅葉は標高を下げながら進み、山と高原地図Webは10月中旬から下旬の勝原コースがもっとも賑わう時期だとする。標高1,500m級とはいえ日本海側の山であり、夏でも朝夕は薄手の防寒を一枚持つ服装で登りたい。

そして冬。日本海から吹き上げる湿った風が、この山の稜線に樹氷(アイスモンスター)を立てる。ただし積雪期の荒島岳はまったく別の山になる。ピッケルとアイゼンなど厳冬期用の装備は必須で、服装も行動中の発汗を前提に組み直す必要がある。大野市は冬季について、勝原登山口は駐車台数が限られ除雪が遅れる場合があるとして路上駐車を禁じ、中出登山口の駐車場は除雪しないとしている。さらに佐開コースと新しもやまコースについては、冬季の登山を遠慮するよう求めている(2026年9月時点)。

荒島岳が見下ろす大野盆地は、雲海の名所でもある。越前大野城の公式サイトによれば、盆地が雲に沈んで城だけが浮かぶ「天空の城」が現れるのは10月から4月末頃、なかでも11月がもっとも多い。条件は前日の湿度が高いこと、前日日中と翌朝の気温差が大きいこと、風が弱いことで、見える時間帯は明け方から午前9時頃までだという。雲海の出る朝、荒島岳の山頂に立つ者は、深田久弥が少年時代に見上げた盆地そのものが白く埋まっていくのを、上から眺めることになる。

勝原駅に列車が来ない秋

荒島岳のアクセスは長らく、百名山としては珍しく駅から歩いて登山口に立てる点が語られてきた。JR越美北線(九頭竜線)の勝原駅から勝原登山口までは徒歩約10分。だが2026年9月時点、その前提は崩れている。8月末からの大雨で線路設備が被災し、越美北線は全線運休。9月7日に福井〜美山間が上下4往復で再開し、美山〜越前大野間はJRの代行バスに切り替わったが、勝原駅を含む越前大野〜九頭竜湖間は列車も代行バスも走っていない(大野市は市営バスの増便で対応)。全線復旧には1か月程度かかる見込みとされ、鉄道で登山口に立つ計画は最新の運行情報を確認してから組む必要がある。

車の場合、勝原登山口へは北陸自動車道福井ICから約1時間10分、東海北陸自動車道白鳥ICから約50分。中出登山口は福井IC・白鳥ICのいずれからも約1時間で、道の駅「越前おおの 荒島の郷」の背後へ2kmほど入った先にある。登山口の環境については明るい報せもあり、大野市は令和8年(2026年)4月7日をもって、勝原登山口と中出登山口の公衆トイレを再開した。両登山口には無料の駐車場もあるが、収容台数は多くない。下山後の大野の町には、名水百選に選ばれた御清水や本願清水、湧水で打つ越前おろしそば、そして山から見下ろしていた越前大野城が待っている。荒島岳のルートを一本歩き終えたあとに、その山を仰いできた盆地の側へ降りていく——福井県ただ一つの百名山は、山と町が一つの風景として閉じる山である。

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