ナンダ・デヴィ初登頂——8000m時代の前夜、人類最高到達点の記録

ナンダ・デヴィ初登頂——8000m時代の前夜、人類最高到達点の記録

8000m峰の時代が始まる前——人類が到達した最高地点は、8000mに届かないひとつの山にありました。インド・ヒマラヤのナンダ・デヴィ(7,816m)です。

1936年8月29日、イギリス・アメリカ合同隊のビル・ティルマンとノエル・オデルがその頂に立ちました。この記録は、1950年にアンナプルナが登られるまでの14年間、破られることのない「人類最高到達点」であり続けます。聖なる女神の名を持つ山をめぐる、静かで美しい登山史をたどってみましょう。

近づくことすら困難な「聖域」

ナンダ・デヴィはヒンドゥー教で「至福を与える女神」を意味し、古くから信仰の対象とされてきました。地形的にもこの山は特別です。周囲を標高6,000mを超える岩壁の連なりがぐるりと取り囲み、天然の城壁に守られた「聖域(サンクチュアリ)」を形づくっています。

そのため20世紀初頭まで、登山家たちは山に取り付くどころか、聖域の内部に入ることすらできませんでした。ナンダ・デヴィ攻略の歴史は、まず「どうやって懐に入るか」という探検の物語から始まったのです。

聖域への扉——リシ峡谷の突破

聖域へ通じる唯一の弱点が、激流の刻んだ険しいリシ・ガンガ峡谷でした。1934年、エリック・シプトンとビル・ティルマンという二人の名探検家が、わずかな食料と少人数で粘り強くこの峡谷を遡行し、ついに聖域内部への到達に成功します。

彼らは大遠征隊を組まず、現地の食料で軽快に動く「軽量登山」の思想を体現していました。この偵察が、2年後の初登頂への道を開きます。

1936年8月29日、女神の頂へ

1936年、イギリスとアメリカの登山家からなる少人数の合同隊が聖域に入りました。隊の特徴は、当時としては珍しく国籍も登山スタイルも異なる者同士が、対等な仲間として山に向き合ったことです。

モンスーンの不安定な天候のなか、隊は南稜から高度を上げます。そして8月29日、ビル・ティルマンとノエル・オデルの二人が、ナンダ・デヴィの頂に到達しました。オデルは、12年前の1924年にエベレストでマロリーとアーヴィンの最後の姿を目撃した、あの地質学者その人でした。

大量の酸素ボンベも、長大なキャンプの連なりもない、軽快で自立した登山による登頂。それは派手さこそないものの、後年「最も美しい遠征のひとつ」と称えられるスタイルでした。

14年間守られた記録

7,816mというナンダ・デヴィの標高は、8000m峰には届きません。それでも当時は、これより高い地点に人類が立ったことはありませんでした。エベレストもK2も、頂を踏ませてはいなかったからです。

こうしてナンダ・デヴィの頂は、1950年のアンナプルナ初登頂まで、14年間にわたり「人類最高到達点」であり続けました。8000m時代の前夜を象徴する、静かな金字塔だったのです。

聖なる山と登山禁止

その後ナンダ・デヴィは、冷戦下の機密作戦に使われたとされる逸話や、聖域の自然環境の荒廃といった問題に直面します。現在、ナンダ・デヴィとその聖域はユネスコの世界自然遺産「ナンダ・デヴィ国立公園」に登録され、原則として登山も立ち入りも禁止されています。

毎年8月29日は、人類が当時の最高地点に立った日であると同時に、信仰と自然保護のために今は静寂を取り戻した山を思う日でもあります。記録の高さを競うだけが登山ではない——ナンダ・デヴィの物語は、山との距離の取り方そのものを問いかけてきます。大遠征から軽量・自立型へと向かう登山思想の源流を知りたい方は、あわせて関連記事もご覧ください。

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