デナリ初登頂——1913年、北米最高峰に最初に立ったのは先住民の青年だった

デナリ初登頂——1913年、北米最高峰に最初に立ったのは先住民の青年だった

北米大陸の最高峰、アラスカのデナリ(6,190m)。極北の地に立つこの巨峰の頂に、人類が初めて立ったのは1913年6月7日のことでした。

そして、その頂に最初の一歩を記したのは——遠征隊を率いた白人の探検家ではなく、アラスカ先住民の青年ウォルター・ハーパーでした。デナリ初登頂は、極地の登山史であると同時に、後年この山を愛した日本の冒険者・植村直己へとつながる物語の起点でもあります。

「デナリ」と「マッキンリー」——二つの名を持つ山

この山は長く「マッキンリー山」の名で知られてきました。しかし地元アラスカの先住民コユコン族は、古くからこの山を「デナリ(偉大なもの、の意)」と呼んでいました。2015年、アメリカ政府は公式名称を「デナリ」へと改め、先住民が呼び続けてきた名が正式な地図に戻りました。

標高こそ6,190mとヒマラヤの巨峰に及びませんが、デナリは緯度が高く、極寒・強風・酸素の薄さという点でヒマラヤの7000m級に匹敵する厳しさを持つ山として知られています。

1913年、ハドソン・スタック隊の挑戦

1913年、聖公会の伝道師ハドソン・スタックが遠征隊を組織します。隊にはアラスカの自然を知り尽くした案内人ハリー・カーステンス、隊員ロバート・テイタム、そして先住民アサバスカン族の青年ウォルター・ハーパーが加わっていました。

彼らは現代のような高機能装備を持たず、手製の防寒具と犬ぞりで物資を運び、氷河を遡って高度を上げていきました。極寒のなか、隊は粘り強くキャンプを進めていきます。

6月7日、頂に最初に立った先住民の青年

1913年6月7日、隊は南峰(主峰)の頂に到達します。このとき隊長スタックは、最も若く健脚だったウォルター・ハーパーに先頭を譲りました。こうして北米最高峰に人類で初めて足を踏み入れたのは、先住民の青年ハーパーだったのです。

当時のアメリカで、先住民が国家的偉業の主役として記録に残ったことには、特別な意味がありました。デナリ初登頂は、その名前と同じように、この土地に古くから生きてきた人々の存在を静かに刻んだ登攀でもありました。

幻に終わった「初登頂」騒動

実は1913年より前、デナリには「初登頂した」と主張する一団がいました。1910年の通称「スードー(大酒飲み)隊」です。彼らは地元の労働者からなる隊で、北峰に登ったと報告しましたが、その記録には疑問が残りました。

スタック隊が登頂した際、北峰に彼らが立てたとされる目印の痕跡が確認され、北峰までは到達していた可能性が示されました。ただし北峰は主峰より低く、最高地点である南峰の正真正銘の初登頂は1913年のスタック隊とされています。登山の記録をめぐる検証の難しさを示す逸話です。

植村直己が愛した山へ

デナリは、日本の登山史とも深く結びついています。世界を股にかけた冒険家・植村直己は、この山を愛し、1970年には日本人として初めて単独でデナリに登頂しました。そして1984年2月、世界初のデナリ厳冬期単独登頂を成し遂げた直後、下山中に消息を絶ちます。1913年に最初の一歩が記された山は、70年後、もう一人の偉大な冒険者の最後の舞台となりました。

毎年6月7日は、北米最高峰に人類が初めて立った日です。山名に込められた先住民の歴史、最初に頂を踏んだ青年、そしてこの山に魅せられた冒険者たち——デナリの物語は、「誰が、どう登ったか」を記録することの意味そのものを問いかけてきます。植村直己の歩みについては、あわせて関連記事もご覧ください。

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